日本文明のニ本の柱。『和』と『武』
投稿者: lucyintheskywithdiamonds5 投稿日時: 2004/02/28 19:25 投稿番号: [2700 / 8733]
どちらもトテモ衰退してしまって、これを日本の文明の二つの柱と今言うのは、するのは、いささか恥ずかしく感じてしまう。
しかし悲観しても復活する訳ではないし。むしろ誇りに思うべきか、その方が復活しやすいか、伝統の大切さは近頃盛んであるからな。
世界に進出させる考え方として、日本を『調和』の発進基地にしたい。又、調和論が民主主義や法治政治と同じく社会に浸透させて行く必要性を書いたが、日本文明には、もう一つ重要な文明が有る。
コレを書かないと、日本文明の骨格を示した事に成らない。
『武』の精神である。
縄文時代から築き上げて来た文化文明は聖徳太子により、『和』
が持ち上げられ国民がそれを受け入れて行った、それは日本人に受け入れられる土壌があったからだ。
だから更に浸透した。
ならば、『武』が初めて打ち上げられたのは誰によってか、源頼朝である。
その後の日本への良い影響力を考えると、この二人がダントツに大きい。
頼朝なくして武士道の確立がここまであったかと言えるだろうか!
貴族とは違い武士という階級を確実に作り上げてしまったのだ。
彼の日本に与えた影響力は過少評価されているだろう。この点は問題が有る。
漠然としたイメージだが、聖徳太子と源頼朝が東大寺の金剛力士像の様に日本の前に立っている姿をイメージしてしまう。
あうん像なら、あ像は憲法十七条が有る聖徳太子。うん像は源頼朝。
聖徳太子と源頼朝の金剛力士像の後ろには何が有るのか?
日本の文化か歴史か国民か、何がアルのだろう。
何を書いたら良いのかな。
日本文明のニ本の柱は、聖徳太子と源頼朝である。
すなわち『和の精神』と『武の精神』。
どちらも大切で、この二つがなければ生き残って来れなかっただろうしこれからも出来ないだろう。
他にも大切な者が有るというのも考え付くのは容易いが、その後の影響力の高さと大きさにおいて、解り安くこの二つに絞るのが正しいと思う。
もう一度。
聖徳太子の『和の精神』
源頼朝の『武の精神』
これが日本の二本の柱。
これは メッセージ 2667 (lucyintheskywithdiamonds5 さん)への返信です.
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