坂本竜馬と西郷隆盛の欠点。
投稿者: oshousuihefunn 投稿日時: 2004/02/22 21:16 投稿番号: [2693 / 8733]
二人とも、リーダーに相応しい人材である。
特に私は竜馬のファンですが、しこし彼等をケナスのは気が引けます、けれど、書きたく成ってしまいました。もちろん、私自身は、彼等を貶せるほどの人間ではない事を付け加えてから書きます。
この、二人が、途中で死んだのが、明治維新が半分の成功で終わってしまった事である。 他にも、優秀な人材が、死に過ぎた革命だった。
坂本竜馬は自己の生命を守るトいうのに、余りにも、無頓着であったのではないのか! 竜馬の護衛が少ない。 護衛の専門科を付けていない。 ただでもやってくれる人材は、居たと思うし、作れただろう。 しかし、していない。 ここが竜馬の一番の問題だ。
アメや脅しや、間違った裏取り引きをするタイプじゃない。 ある意味では、自分の命よりも自分の本当の仕事の為に生きれる、最高度の人材です。ならば逆に、自分の命の大切さを、仕事の為に、知っていなければ成らなかった。
岡田以蔵は暗殺者だから、暗殺者を見抜く能力があったはず。 元不良はだいたい元不良が見抜けるし、どの程度だったかも、たいがい解る者だ。 今から思えば、竜馬の護衛は以蔵が適任だった。 なにしろ、自分のやりたい事に大しての影響力が.で出した、薩長同盟後は、しっかりと護衛を付けれなかったのが、竜馬と竜馬の側近のミスです。
西郷隆盛は人情に流されてしまった。 人情に流されると、一般には同情されて、人気が上がるが、人情も知性理性の内でやれる人がリーダーの方が後々良い、選択を取っている。 残念なのは、西郷が薩摩に戻ってから作っていた西郷学校がとても、素晴しい、ポリシーと体力がある、人材造りをしていたのに、沢山死んでしまった事が本当に残念。 もし、薩摩隼人が反乱を興さなければ、まだ、早稲田か慶応の様に、西郷学校は日本に存在していた確率は高い。 彼は、自分の判断力が、高い事の自覚が足りなかった。 弟子の言うとうりに、自らのリーダーシップを移譲してしまった。 かならず、15年ほど立てば、西郷が叉政治に復帰できた可能性は高かった、っと私は視ている。 九州の気概ある武士が、物凄く、玉砕、してしまった事が残年で成らない。 だいたい、決起するかで、西郷隆盛を入れずに勝手に議会を造って、どうするか、流石に.もめていたが「お前、死ぬのがッ恐いのか?」此の一言が、反乱を止めるべき派を黙らせるという、知性のなさには、あきれる。 西郷は、弟子に付き合う必要はなかった。
結果として、『心清い英雄は、自分を大切にしなければ成らない』。
そして、私の持論は、集団の将来は、一人のリーダーが全て決める。 リーダーだ売国奴なら、集団がどんなに頑張っても、ダメでアル。 一億人の未来を決めるのは、一握りのリーダーである。 だから、私達は、素晴しいリーダーを選び権力を持たせ、私達の為に、私心なく働いてもらわなければ成らない。 鶏が先か卵が先かの理論に成るが、リーダーこそが、全てなのだ。
素晴しいリーダーが、20年活躍してくれたなら、私達は、遊んでいても暮らせる。 少しだけ極端だが、民主主義において、大切な考え方でも有ろう。
キザなセリフがビタビタ決まって、いとおかし。
この、二人が、途中で死んだのが、明治維新が半分の成功で終わってしまった事である。 他にも、優秀な人材が、死に過ぎた革命だった。
坂本竜馬は自己の生命を守るトいうのに、余りにも、無頓着であったのではないのか! 竜馬の護衛が少ない。 護衛の専門科を付けていない。 ただでもやってくれる人材は、居たと思うし、作れただろう。 しかし、していない。 ここが竜馬の一番の問題だ。
アメや脅しや、間違った裏取り引きをするタイプじゃない。 ある意味では、自分の命よりも自分の本当の仕事の為に生きれる、最高度の人材です。ならば逆に、自分の命の大切さを、仕事の為に、知っていなければ成らなかった。
岡田以蔵は暗殺者だから、暗殺者を見抜く能力があったはず。 元不良はだいたい元不良が見抜けるし、どの程度だったかも、たいがい解る者だ。 今から思えば、竜馬の護衛は以蔵が適任だった。 なにしろ、自分のやりたい事に大しての影響力が.で出した、薩長同盟後は、しっかりと護衛を付けれなかったのが、竜馬と竜馬の側近のミスです。
西郷隆盛は人情に流されてしまった。 人情に流されると、一般には同情されて、人気が上がるが、人情も知性理性の内でやれる人がリーダーの方が後々良い、選択を取っている。 残念なのは、西郷が薩摩に戻ってから作っていた西郷学校がとても、素晴しい、ポリシーと体力がある、人材造りをしていたのに、沢山死んでしまった事が本当に残念。 もし、薩摩隼人が反乱を興さなければ、まだ、早稲田か慶応の様に、西郷学校は日本に存在していた確率は高い。 彼は、自分の判断力が、高い事の自覚が足りなかった。 弟子の言うとうりに、自らのリーダーシップを移譲してしまった。 かならず、15年ほど立てば、西郷が叉政治に復帰できた可能性は高かった、っと私は視ている。 九州の気概ある武士が、物凄く、玉砕、してしまった事が残年で成らない。 だいたい、決起するかで、西郷隆盛を入れずに勝手に議会を造って、どうするか、流石に.もめていたが「お前、死ぬのがッ恐いのか?」此の一言が、反乱を止めるべき派を黙らせるという、知性のなさには、あきれる。 西郷は、弟子に付き合う必要はなかった。
結果として、『心清い英雄は、自分を大切にしなければ成らない』。
そして、私の持論は、集団の将来は、一人のリーダーが全て決める。 リーダーだ売国奴なら、集団がどんなに頑張っても、ダメでアル。 一億人の未来を決めるのは、一握りのリーダーである。 だから、私達は、素晴しいリーダーを選び権力を持たせ、私達の為に、私心なく働いてもらわなければ成らない。 鶏が先か卵が先かの理論に成るが、リーダーこそが、全てなのだ。
素晴しいリーダーが、20年活躍してくれたなら、私達は、遊んでいても暮らせる。 少しだけ極端だが、民主主義において、大切な考え方でも有ろう。
キザなセリフがビタビタ決まって、いとおかし。
これは メッセージ 2688 (oshousuihefunn さん)への返信です.
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