「正義」 と 「悪」
投稿者: anywhere_we_want_to_go 投稿日時: 2003/12/15 21:10 投稿番号: [2201 / 8733]
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今、「悪」に必要なものは「正義」であり、
「正義」に必要なものは
テロ
という「悪」との対決。
…『対立』という観念の中にあっては、
常に「目標」を、
相対する「敵」
として設定する必要があり、
そして、実際に多くの人にとって
「対立する者」→「悪い邪魔者」→「排除すべきもの」→
という回路が有効に機能しているということなのだろうか…
『対立』による問題解決の手法は、突き詰めてゆけば、最終的には
「力の強い」限られた勝者であって、
大きく見れば、お互いに傷つけあって、
地球環境と共存しえなかった人類全体として敗者となってゆく
ということになるのだろうか…
問われているのは、
悪のいなくなった「その後のヒーローの姿」であり、
鬼退治のめでた話
その後の物語が、『対立』という観念に頼らなくとも
それ以上に、魅力的で、価値があり、意義深く、
機能的かつ柔軟性に富むこととして認識されてゆけば、
ひとりひとりの中にある
『対立』を手放す「恐怖」
を、よりスムーズな形で手放してゆける
ということになるのだろうか…
あなたは「味方」か?
それとも「敵」か?
あなたは「正義」か?
それとも「悪」か?
『対立』という観念の、多様性を認識することのできない不思議な問いに
誰にとっても、遅かれ早かれ避けられない問い。
「味方」とは?
「正義」とは
なんなのか?
「敵」とは?
「悪」とは
なんなのか?
なにをもって「テロ」としているのか?
なぜ、人間がテロ化してゆくプロセスの認識が、
より的を得た有効な手立てとして、自ずと見えてくる。
ということになるのだろうか…
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これは メッセージ 1 (marimari20026 さん)への返信です.
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