>>最近・・・
投稿者: toorisugarinnohito 投稿日時: 2003/06/27 13:03 投稿番号: [1863 / 8733]
>・・・つまり腕力でケンカに勝っても、人として負けているわけですよね。
『人として負けている』という言葉があるなら『人として勝っている』という言葉もあるんでしょうか?
第二次世界大戦の際、ドイツによるホロコースト(ユダヤ民族抹殺の計画)を『結果的に』ではあるが救ったのは武力を使ってドイツと戦った連合軍側です。
武力を使わないでホロコーストを行わせておけば『人としての勝ち』だったのでしょうか、武力を使ってホロコーストを中断させることができた事が『人間としての勝ち』だったのでしょうか。それは分かりません。その前に私は『人間としての勝ち負け』と言うのも都合のいいただの造語のような気がします。
ただ、イラク戦争では明らかに国際法違反をした市民虐殺が行われていました。
『誤爆』と言う体裁を整えるため言葉を使ったの『市民虐殺』です。あの様な場所で爆撃など行えば市民が犠牲になるのは目に見えています。
それをアメリカは『イラクが大量破壊兵器を“持ってそうだから”』と言う理由だけで行ったのです。
もちろん言葉で和解できれば何も問題ありません。しかし物事が全て暴力無しで解決できるなら警察など必要ないでしょう。もしも罪のない人々を大勢殺した殺人犯を死刑にした場合、それは『人間としての負け』なのでしょうか?
国内の暴力には『警察』、国外の暴力には『軍隊』と言う『ある種認められた暴力装置』があって初めて安全は保たれると思います。もしも身近で、精神を病んで殺人を起こした人間と遭遇した場合あなたはどう対応しますか?
これは メッセージ 1858 (perspectiveworld さん)への返信です.
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