Re: アホ丸出し嫌韓厨房deliciousicecoffee
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/01/22 16:50 投稿番号: [2955 / 3350]
>占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから斬る……
>百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……
>(「南京への道」本多勝一著
朝日文庫P162-3)
これは本多勝一が自分に都合の良い偽証を取り上げただけ。
もともとは、志々目彰という奴が小学生のときに小学校で野田少尉から聴いた話と証言したが、志々目彰の作り話に過ぎない。
『志々目彰と同じ小学校で野田少尉の話を聞いたことがあるとした上,百人斬ったという話や捕虜を斬ったという話を聞いていないこと,志々目彰が聞いたとされる話を聞いていないことなどを述べている』
『鹿児島一中において野田少尉の話を聞いたことがあること,その話が,「百人斬りの英雄ということで有名になったが,自分は決してそういうものではない。迷惑で心外である。百人斬りなんて無茶なことができるわけはない。白兵戦なんていうのはめったにおこるものではない。」という内容であったことを覚えている』
『田代小学校4年生のころ,野田少尉の話を聞いたことがあること,その際,印象に残っているのは,延々と続く高梁畑を進軍中に,敵弾を浴び,高梁の穂が銃弾で折れてぶら下がっている中での進軍であったとの話であり,敵と渡り合って切り結んだというような話は全然出てこなかった』
東京日日新聞の後身である毎日新聞社は、平成元年(1989年)に自社発行した『昭和史全記録』という本のなかで、次のとおり「百人斬りは事実無根だった」(P178)と記述している。
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この記事は当時、前線勇士の武勇伝として華々しく報道され、戦後は南京大虐殺を象徴するものとして非難された。
ところがこの記事の百人斬りは事実無根だった。
向井少尉はこのとき手足に重傷を負っていた。
東日記者に会ったのは南京の手前で、冗談に「花嫁を世話してくれ」と言うと「天晴れ勇士として報道されれば花嫁候補はいくらでも集まる」とこの記事になったという。
向井は47(昭和22)年4月、東京軍事法廷に召喚されたが、新聞記事は事実ではないと釈放。2カ月後、再召喚され中国軍事法廷に立たされ「百入斬りの獣行により日本女性の欲心を買わんとしたことは現代人類史上聞いたことがない」と死刑の判決。ふたりは、48(昭和23)年1月28日、南京雨花台刑場で銃殺された。
『昭和史全記録』 毎日新聞社
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当たり前のことだが、1937年に東京日日新聞(毎日新聞)の記事は宣伝のために創った事実無根の「作り話」だったことを毎日新聞が自ら認めたのだった。
後年には、佐藤振寿カメラマン(東京日々新聞)も、「百人斬りなんてできないのは明らかです」と証言している。
これは メッセージ 2937 (topics_jk さん)への返信です.
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