「沐猴而冠」の意味について

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「沐猴而冠」の意味について

投稿者: taipei_made_benki 投稿日時: 2010/01/23 13:46 投稿番号: [1 / 1]
劉邦を赦した數日後、項羽は軍勢を引き連れて秦都咸陽を屠った。

降伏した都を攻め秦王子嬰を捕らえて殺し、秦の蓄えた財寶・婦女をことごとく没収し、

秦の宮殿をすべて燒いた。火は三ヶ月燃え續けた。

民の死傷者には觸れられていないが、咸陽住民が塗炭の苦しみを味わったのは言うまでもない。

秦都が壞滅したのを見て、項羽は望郷の念が湧き楚へ歸ろうとした。

項羽は、その理由を諸将に「富貴な身分になったのに故郷に歸らないのは、

錦を着て夜道を歩くようなものだ。せっかくの富貴を誰が知ってくれるのか。」と説明した。

ある者がこれをあざわらい、「『楚人はヒトの服を着ているが中身は猿だ』と言うが、

まったくその通りだ。」と言った。

項羽はこれを聞き激怒して、この者を烹殺(にころ)した。

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