それでこそ産経抄
投稿者: yokoyama88882003 投稿日時: 2005/01/19 23:42 投稿番号: [8827 / 17759]
産経抄
平成17(2005)年1月19日[水]
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
衝撃の筆者交代からこっち、まるで「天声人語」みたいな
マッタリコラム(といっても最近のじゃなくて昔のやつね。最近の「天声」はなんつーか…shitだから)になってしまって
ファンとしても悲しい限りだったのだけど、ようやく調子が出てきたみたい。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
三たび、NHKの「番組改変」問題について言いたい。最初に政治家の圧力があったかのごとく報じた朝日新聞は、きのうの朝刊ほぼ一ページを使って経緯の説明にあてた。名前が出た安倍晋三氏やNHKから、訂正記事を求められる事態になっているのだから、説明は不可欠と思っていたが。
・・・しっかし産経の記者って朝日の社員よりもしっかり朝日読んでるんじゃないか。
▼なんのことはない、事実と信じるに足る十分な根拠があった、という申し開きではないか。朝日の報道では放送の前日、安倍氏とともに中川昭一氏もNHKの幹部を「呼んだ」という。のち、氏とNHKは面会は放送の三日後とし、報道と食い違いが出ている。
▼経緯説明では、朝日記者と中川氏の最初のやりとりを細かく載せたうえ、東京本社社会部長が署名記事で「(面会は)事前としか思えない」としている。訴訟を意識した?と思ってしまったが、それはともかく一番解せないのは番組が取り上げた民衆法廷の偏りについて「今回の報道とはまったく別次元」と主張している点だ。
・・・はい、こっから産経抄の世界です。
「別次元」の問題ってか「別問題」だろーがよ。
▼偏りは不問に付すということなのか、改めて検証するということか。繰り返しになるが趣旨に賛同しない者は入れない、弁護人はいない。あげく「昭和天皇有罪」。こんな非常識な集会を番組にしようとしたから、批判が噴出した。
>こんな非常識な集会を番組にしようとしたから、批判が噴出した。
批判が噴出した?それはいつのことかね?
はっきり書いてくんな。
このごまかしのテクニックは前任者ゆずりなんだな。
ってか、この書き方じゃあ「政治的圧力」を用いてまで内容を改変しようとすること自体を
肯定してるようにもとれないかね?
▼なのに問題は偏りではなく、放送と政治の関係が「民主社会の根幹を成す表現・報道の自由の観点から妥当かどうか」なのだという。かつての「進歩的知識人」のもの言いを聞いているようだ。
・・・おいおい、いつもどおりの体制翼賛は結構なんだけど、
アンタんとこもいちおうは報道機関なんだからさ、
<民主社会の根幹を成す表現・報道の自由の観点>ってのはいちおう尊重しねーといけないんじゃねーの?
確かに<進歩的知識人>のもの言いと重なるかも知れないけど、
あんたらが堂々と天皇を崇拝し、
教育勅語の素晴らしさを語ることができてるのも、
表現・報道の自由が民主主義によって保証されてるからだろ?
▼自由は社会に対する節度、公への配慮があってこそ成り立つ。政治家の言い分との食い違いは、ぜひ検証を続けていただきたい。同時に、この国を一方的に断罪しそれを報じる「自由」が妥当だったかも、どうか考えていただきたい。
・・・アホか。話にならんね。
つまり、民主主義社会の報道に政治圧力が掛かったかも知れないってことよりも、
「番組内容の偏り」のほうが悪質だってか??
>自由は社会に対する節度、公への配慮があってこそ成り立つ。
おいおい、『「自由」は妥当だったか』だって?本気で言ってんの?
つまりおたくの新聞は、政治思想のためには
表現と報道の自由を放棄するって言ってるんだぜ?
報道機関として致命的じゃねーか???
あーあ、久々に楽しいコラムだったよ。
今後もガンバってね(笑)。
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
衝撃の筆者交代からこっち、まるで「天声人語」みたいな
マッタリコラム(といっても最近のじゃなくて昔のやつね。最近の「天声」はなんつーか…shitだから)になってしまって
ファンとしても悲しい限りだったのだけど、ようやく調子が出てきたみたい。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
三たび、NHKの「番組改変」問題について言いたい。最初に政治家の圧力があったかのごとく報じた朝日新聞は、きのうの朝刊ほぼ一ページを使って経緯の説明にあてた。名前が出た安倍晋三氏やNHKから、訂正記事を求められる事態になっているのだから、説明は不可欠と思っていたが。
・・・しっかし産経の記者って朝日の社員よりもしっかり朝日読んでるんじゃないか。
▼なんのことはない、事実と信じるに足る十分な根拠があった、という申し開きではないか。朝日の報道では放送の前日、安倍氏とともに中川昭一氏もNHKの幹部を「呼んだ」という。のち、氏とNHKは面会は放送の三日後とし、報道と食い違いが出ている。
▼経緯説明では、朝日記者と中川氏の最初のやりとりを細かく載せたうえ、東京本社社会部長が署名記事で「(面会は)事前としか思えない」としている。訴訟を意識した?と思ってしまったが、それはともかく一番解せないのは番組が取り上げた民衆法廷の偏りについて「今回の報道とはまったく別次元」と主張している点だ。
・・・はい、こっから産経抄の世界です。
「別次元」の問題ってか「別問題」だろーがよ。
▼偏りは不問に付すということなのか、改めて検証するということか。繰り返しになるが趣旨に賛同しない者は入れない、弁護人はいない。あげく「昭和天皇有罪」。こんな非常識な集会を番組にしようとしたから、批判が噴出した。
>こんな非常識な集会を番組にしようとしたから、批判が噴出した。
批判が噴出した?それはいつのことかね?
はっきり書いてくんな。
このごまかしのテクニックは前任者ゆずりなんだな。
ってか、この書き方じゃあ「政治的圧力」を用いてまで内容を改変しようとすること自体を
肯定してるようにもとれないかね?
▼なのに問題は偏りではなく、放送と政治の関係が「民主社会の根幹を成す表現・報道の自由の観点から妥当かどうか」なのだという。かつての「進歩的知識人」のもの言いを聞いているようだ。
・・・おいおい、いつもどおりの体制翼賛は結構なんだけど、
アンタんとこもいちおうは報道機関なんだからさ、
<民主社会の根幹を成す表現・報道の自由の観点>ってのはいちおう尊重しねーといけないんじゃねーの?
確かに<進歩的知識人>のもの言いと重なるかも知れないけど、
あんたらが堂々と天皇を崇拝し、
教育勅語の素晴らしさを語ることができてるのも、
表現・報道の自由が民主主義によって保証されてるからだろ?
▼自由は社会に対する節度、公への配慮があってこそ成り立つ。政治家の言い分との食い違いは、ぜひ検証を続けていただきたい。同時に、この国を一方的に断罪しそれを報じる「自由」が妥当だったかも、どうか考えていただきたい。
・・・アホか。話にならんね。
つまり、民主主義社会の報道に政治圧力が掛かったかも知れないってことよりも、
「番組内容の偏り」のほうが悪質だってか??
>自由は社会に対する節度、公への配慮があってこそ成り立つ。
おいおい、『「自由」は妥当だったか』だって?本気で言ってんの?
つまりおたくの新聞は、政治思想のためには
表現と報道の自由を放棄するって言ってるんだぜ?
報道機関として致命的じゃねーか???
あーあ、久々に楽しいコラムだったよ。
今後もガンバってね(笑)。
これは メッセージ 1 (light_cavalryman さん)への返信です.
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