産経抄 皇后陛下万歳!
投稿者: yokoyama88882003 投稿日時: 2004/10/21 09:50 投稿番号: [8150 / 17759]
産経抄
平成16(2004)年10月21日[木]
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
▼古希七十歳を迎えられた皇后陛下のお言葉の中で、「戦時と戦後、特に疎開をはさむ数年間が、とりわけ深い印象を残しており…」という一節に心ひかれた。皇后さまもまた、米軍機の空襲から田舎へ逃れた“学童疎開世代”のお一人だった。
▼六年前、皇后さまがテレビでお話しになった中にも疎開のことがあった。国際児童図書評議会にちなんだ講演だったが、小学校四年生の時、お母さまに連れられ妹さん弟さんとともに三度も疎開先を転々とされた。ゲンノショウコやカラマツ草の干し草供出もおやりになったそうだ。
▼皇后さまより二つ年上、芥川賞作家・高井有一氏の『少年たちの戦場』は、疎開学童たちの悪戦苦闘を描いた長編小説である。戦況悪化の昭和十九(一九四四)年夏、大都市の国民学校初等科三年生以上の四十万人が、集団疎開で父母と涙の別れをしたのだった。
・・・で、疎開を行う直接の原因となった太平洋戦争のことは否定しないんだな(笑)
▼そのころの思い出に、テレビでは読書のお話もされた。「教科書以外にほとんど読む本のなかったこの時代に、たまに父が東京から持ってきてくれる本は、どんなに嬉(うれ)しかったことか」。忘れられないその一つは古代の物語、倭建御子(やまとたけるのみこ)と后の弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)だという。
▼いけにえというむごい運命を進んで受け入れ、しかも「愛と感謝」にみたされた美しい別れの愛をうたっていることに、「感銘という以上に、強い衝撃を受けました」とのこと。「民族に共通する一つの根っこのようなものを与えてくれました」とも話されていた。
・・・民間から皇室・宮内庁への「いけにえ」として運命に身をささげた、
ご自身の姿を投影されているのでは。
▼お父さまが与えた日本の神話伝説こそ日本民族の根っこである、とおっしゃっているのだろう。それは「(皇室の)その長い歴史を傷つけてはならないという重い責任感…」という古希を迎えたお言葉とも重なってくるのである。
>お父さまが与えた日本の神話伝説こそ日本民族の根っこである、とおっしゃっているのだろう。
・・・いや、「日本民族に共通する(当然その他の民族それぞれにもある)民族意識」という意味だと思うがどうか。
>日本の神話伝説こそ日本民族
そんな事言ってないぜ。
>「(皇室の)その長い歴史を傷つけてはならないという重い責任感…」という古希を迎えたお言葉とも重なってくるのである。
・・・そのすぐ後に美智子妃はこう仰ってる。
「・・・という重い責任感とともに、あの同じ日(昭和34年のご成婚の日)に、私の新しい旅立ちを祝福してくださった大勢の方々の期待を無にし、私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた、その後の歳月、私の中に、常にあったと思います。」
この部分に関して言及しないのは字数の所為かね?
また、陛下の姿勢に対して、こうも仰っている。
「若い頃より今に伝統を活(い)かしつつ、時代の要請に応えていこうとなさる陛下のお気持ちは、いつか私のものともなって、このお気持ちをともにしつつ、皇室での日々を過ごしてきたように思います」
※両方とも2004年10月20日 読売新聞より抜粋。
陛下・皇后は、近年は積極的に、より国民に歩み寄ろうとされているように思う。
それを必死で否定して、自分たちに都合のいいロマンチシズムを押しつけるあんたらアフォウヨの姿勢は、
とんでもない不敬だと思うがな(笑)。
ともあれ美智子様、古希おめでとう御座います。
皇后陛下万歳!
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
▼古希七十歳を迎えられた皇后陛下のお言葉の中で、「戦時と戦後、特に疎開をはさむ数年間が、とりわけ深い印象を残しており…」という一節に心ひかれた。皇后さまもまた、米軍機の空襲から田舎へ逃れた“学童疎開世代”のお一人だった。
▼六年前、皇后さまがテレビでお話しになった中にも疎開のことがあった。国際児童図書評議会にちなんだ講演だったが、小学校四年生の時、お母さまに連れられ妹さん弟さんとともに三度も疎開先を転々とされた。ゲンノショウコやカラマツ草の干し草供出もおやりになったそうだ。
▼皇后さまより二つ年上、芥川賞作家・高井有一氏の『少年たちの戦場』は、疎開学童たちの悪戦苦闘を描いた長編小説である。戦況悪化の昭和十九(一九四四)年夏、大都市の国民学校初等科三年生以上の四十万人が、集団疎開で父母と涙の別れをしたのだった。
・・・で、疎開を行う直接の原因となった太平洋戦争のことは否定しないんだな(笑)
▼そのころの思い出に、テレビでは読書のお話もされた。「教科書以外にほとんど読む本のなかったこの時代に、たまに父が東京から持ってきてくれる本は、どんなに嬉(うれ)しかったことか」。忘れられないその一つは古代の物語、倭建御子(やまとたけるのみこ)と后の弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)だという。
▼いけにえというむごい運命を進んで受け入れ、しかも「愛と感謝」にみたされた美しい別れの愛をうたっていることに、「感銘という以上に、強い衝撃を受けました」とのこと。「民族に共通する一つの根っこのようなものを与えてくれました」とも話されていた。
・・・民間から皇室・宮内庁への「いけにえ」として運命に身をささげた、
ご自身の姿を投影されているのでは。
▼お父さまが与えた日本の神話伝説こそ日本民族の根っこである、とおっしゃっているのだろう。それは「(皇室の)その長い歴史を傷つけてはならないという重い責任感…」という古希を迎えたお言葉とも重なってくるのである。
>お父さまが与えた日本の神話伝説こそ日本民族の根っこである、とおっしゃっているのだろう。
・・・いや、「日本民族に共通する(当然その他の民族それぞれにもある)民族意識」という意味だと思うがどうか。
>日本の神話伝説こそ日本民族
そんな事言ってないぜ。
>「(皇室の)その長い歴史を傷つけてはならないという重い責任感…」という古希を迎えたお言葉とも重なってくるのである。
・・・そのすぐ後に美智子妃はこう仰ってる。
「・・・という重い責任感とともに、あの同じ日(昭和34年のご成婚の日)に、私の新しい旅立ちを祝福してくださった大勢の方々の期待を無にし、私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた、その後の歳月、私の中に、常にあったと思います。」
この部分に関して言及しないのは字数の所為かね?
また、陛下の姿勢に対して、こうも仰っている。
「若い頃より今に伝統を活(い)かしつつ、時代の要請に応えていこうとなさる陛下のお気持ちは、いつか私のものともなって、このお気持ちをともにしつつ、皇室での日々を過ごしてきたように思います」
※両方とも2004年10月20日 読売新聞より抜粋。
陛下・皇后は、近年は積極的に、より国民に歩み寄ろうとされているように思う。
それを必死で否定して、自分たちに都合のいいロマンチシズムを押しつけるあんたらアフォウヨの姿勢は、
とんでもない不敬だと思うがな(笑)。
ともあれ美智子様、古希おめでとう御座います。
皇后陛下万歳!
これは メッセージ 1 (light_cavalryman さん)への返信です.
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