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産経抄

投稿者: yokoyama88882003 投稿日時: 2003/03/23 23:05 投稿番号: [729 / 17759]
平成15年3月23日   産経抄
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm

P・K・ヒッティの『アラブの歴史』によれば、バグダッドがもっとも輝いていたのは、アッバース朝時代の西暦八〇〇年前後だった。建設後半世紀もたたないのに「途方もない富と国際的な重要性を持つ」世界の中心都市となっていたという。

  ▼それから約千二百年、多くの歴史を刻んできた栄光の都が米英側に陥落する時が迫ってきたようだ。猛烈な空爆に対してイラク軍はほとんど反撃もできない。クウェートから首都を目指して北上している地上軍は、古い表現ながら無人の野をいくがごとくである。

  ▼攻撃前、フセイン大統領は地上戦で反撃し、長期戦に持ち込もうとしているとの観測があった。そうなれば、国際的反戦世論がわきあがり米軍も撤退せざるをえなくなるという、もっともらしい解説もあった。しかし、肝心のイラク軍の戦う姿が見えてこないのだ。

  ▼南部の都市バスラでは守備に当たっていた一個師団八千人が投降したといわれる。バスラはバグダッドより古い歴史をもつ古都であり、ペルシャ湾に近い要衝だ。イラクとしてはこの第二の都市を守るばかりか、米英軍を少しでも長くひきつけておきたかったのだろうが。

  ▼人間だから、圧倒的な彼我の戦力の差におじけづいたとしてもせめられない。伝えられるように、米英軍の初期の攻撃でフセイン大統領の側近が死亡したのが事実で指揮系統が乱れたためかもしれない。だがこの戦意低下の最大の理由は別のところにありそうだ。

  ▼多くのイラク国民や兵士たちの意識で、独裁や非道を繰り返してきた「フセインの国家」が、命を賭してまで守るものではなくなっていたということだ。反戦ばかり唱えることで、独裁を延命させてきた人たちには、その視点が欠けていた。

>しかし、肝心のイラク軍の戦う姿が見えてこないのだ。

アホか。
空爆で被害に遭った一般市民の姿も見えないけどな。

見えぬものでも、あるんだよ。
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