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産経抄 大ヒット

投稿者: yokoyama88882003 投稿日時: 2004/01/30 20:37 投稿番号: [4995 / 17759]
産経抄   平成16(2004)年1月29日[木]

http://www.sankei.co.jp/news/040129/morning/column.htm

国会は相も変わらぬ不毛の論議をやっている。その一つが、野党側の「イラク戦争に大義はあったのか」という愚論である。大量破壊兵器が見つからない問題のむし返しだが、一体、戦争や革命に大義や正義というレッテルを張る必要があるのだろうか。

…おいおい、
>一体、戦争や革命に大義や正義というレッテルを張る必要があるのだろうか。
なんだこりゃ?
ヤケクソかあ?

  ▼中国の孟子は古くから「春秋に義戦なし」と喝破した。「彼れ、此より善きは則ち之あり」として。春秋は魯の国の史書だが、この天下に大義のある戦争なんぞあったためしはなかった。せいぜいこの戦争よりあの戦争の方がちょいとよかったくらいだという(諸橋轍次氏の解説)。

…こういうのをニヒリズムという。

  ▼在イタリアの作家・塩野七生さんも文藝春秋二月号の巻頭コラムに書いている。「歴史を振り返るならば戦争にはやたらと出会するが、そのうちの一つとして、客観的な大義に立って行われた戦争はない」「もとからして大義なるものが存在しないからだ」と。

…こういうのを開き直りという。

  ▼早い話が、宗教的原理主義のイデオロギーにかかれば、すべての戦争に自己正当化の大義がつけられていく。イスラム教ならなんでも「聖戦(ジハード)」になり、キリスト教ならなんでも「正義の戦争」になるごとく。

…神懸りでもないのにホイホイ戦場まで出向いていくこの国はなんなんだ。
躁病か?

  ▼かつて大東亜戦争は日本にとって“皇戦”だった。それが東京裁判では“侵略戦争”に一変し、しかしいままた東京裁判への疑問が起きて戦争の意義が問い直されている。イラク戦争に大義がないというのなら、ではサダム・フセインの独裁の側に正義があるとでもいうのか。

…ほとんど意味不明。
大東亜戦争はこの件とは全く関係ない。
ってか、上の論理だとこうなる。

大東亜戦争を起こした戦前日本のスタンス=イラクを攻撃したアメリカのスタンス
東京裁判で“侵略戦争”に一変=“大量破壊兵器”不在で戦争の大義消失
東京裁判の疑惑が問いなおされている=イラク戦争の大義が将来また問いなおされるかもという希望
サダム・フセインの独裁の側に正義があるのか?=??????これは大東亜の何に掛かってるの?

ようするに最後の一文で全く関係のないことを言っている。

太平洋戦争とイラク戦争を絡めたいなら正しくはこうなるね。

太平洋戦争を起こした戦前日本のスタンス=“聖戦”として侵略戦争をしたイラク。およびフセインの独裁体制
東京裁判で“侵略戦争”に一変=アメリカの軍事介入で“対テロ戦争”に一変
東京裁判の疑惑が問いなおされている=“大量破壊兵器”不在でアメリカの大義が問いなおされている
サダム・フセインの独裁の側に正義があるのか?=じゃあ、戦前の日本の“皇戦”に意義があるってのか?

…わはは。この墓堀り人夫が。

  ▼不毛で無用なレッテル張りは後世のひまな史家にまかせ、日本の国会は国益を踏まえたイラク復興の現実的論議をすべきなのである。

…不毛な言葉遊びは記者としてはあるまじき行為だな。
それにしても今回は笑わせてもらったけどね。
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