“平和ボケ”のお部屋

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プリミティブなコミュニズム(その2)

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2003/12/08 04:01 投稿番号: [3699 / 17759]
私の世界認識では、この世に貧富の差があるということは、とても重要だ。
福音書の中では、この問題はしつこいくらいに扱われている。

私たちは、いわゆる“先進国”に生まれたがゆえに、最高水準の生活を享受している。
たとえ、日本では平均以下の生活をしている人でも、世界の平均から見れば、はるかに
上のほうなのだ。

そのようなところに生まれたということは“幸福”なのだろうか?
人間的な考え方からすれば、たしかにそうだ。

貧困地域に生まれた、世界の大多数の人たちが、先進国の人から見れば、
ずっと劣悪な環境で苦しい生活を強いられなければならないのは、
彼等の責任だろうか?

私は、貧困地域に生まれた人たちは、生活がたいへん苦しいだろうけれど、
その分、道義的責任が追及されることはないという幸福があるのではないかと
思っている。実際、貧しい国の人には、ある種の幸福がある。

貧しい国では、海外の知識を学び、国や民族のために働くのは、そのまま“善”
であるという幸福がある。日本の明治時代の初めの頃のようなものだ。

豊かな国に生まれた人たちは、厳しく道義的責任が追及されるだろう。
これは理不尽だろうか? このことによって、世界は釣り合いがとれているのだと
思っている、私は。

先進国の軍隊が、貧しい国を土足で踏みにじることは、悪だ。
先進国で生活している善良な市民は、発展途上国の悪逆非道なテロリストより
もしかすると罪深いのかもしれないとさえ思わないでもない…。
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