>広島・長崎
投稿者: yokoyama88882003 投稿日時: 2003/12/03 16:21 投稿番号: [3577 / 17759]
>あの頃はまだ、あんなに重量な非人道的殺人兵器(!)を遠くから発射させる技術がなかったから。
技術的には、そうだろうね。
チョットおのれの論に酔いすぎたかもだ。
失礼、失礼。
(イヤ、たしかドイツはロケットを開発してたんだっけ?…どうもデカい武器に関しては弱いんだよ)
しかしまあ、実際は現在も、
核兵器の発射スイッチを、
その国の最高責任者が「保有」し、
そのスイッチを押す役をするわけではないらしい。
(北朝鮮とかはどうか知らんが…)
つまりは大統領なり主席なりが、
核攻撃を決定し、スイッチを実際に押す役は別に居るというわけだね。
それはミサイル発射基地の係官だったり、
原潜の艦長だったりする訳だね。
これはなぜかと考えてみると、要するに責任の回避。
責任と言っても法的なものではなくて、もっとメンタルな問題。
個人のモラルが、そのような重要な決定に耐え得るものか、
という非常に倫理的、哲学的なレベルまで考察された上で
編み出された仕組みだと思うのよ。
つまり、一番のエライさんとはいえ、
そんな大量殺戮の「犯人」にはなりたくない。
だから、人にやらせる。
やらされる方は、「上からの命令です」ってんで、
あんまり良心の呵責を感じずにやれる、
というのが、上に挙げた事情の、仕組みだと思うんだがね。
死刑が死刑執行を許可した法務大臣の手により執行されるのではなく、
ム所の刑務官のおっちゃんが執行人になるのと同じ仕組みだ。
しかし、まあ決定を下すだけとはいえ、
それにはありとあらゆる政治的、倫理的、哲学的葛藤を伴うものだ。
今のところ、どこの国の指導者もボタンを押せていないってのは、
そのせいかも知れない。
というと、いかにも「良心が世界を守っている」みたいな話になってなんか胸クソ悪いが、
どちらかといえば良心というより、「小心」だろうね。
皆さん、世界の平和は核の傘じゃなくて、
各国指導者の小心によって守られているのです。
これは メッセージ 3576 (lovepeacemama さん)への返信です.
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