Re: 民主主義のレトリック
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2011/08/08 03:42 投稿番号: [17088 / 17759]
ジャックさんこんばんは
>しかしその立場がアナタだったら?
何度も書いていますが、私は生きていける程度の環境があれば、それ以上の金はあまり欲しくないです。自分から率先して自分より貧乏な人に分けてあげようとも思いませんが、そういうシステムがあればそれでもかまいません。
昔所得税の直間比率の問題のときに、黒柳徹子氏が「私の稼いだお金のほとんどが税金に消えてしまう」というようなことを公共の電波で話していて、そういう著名人の声が優先的に報道されることによって間接税(消費税)導入の、現行の金持ち優遇制度が出来上がったことに関しては、未だに腹立たしい思いを持っています。
もちろん徹子さん自身はそんな欲の皮の突っ張った人ではないと思っていますが、少なくともそういうことが政治的に利用されたことは確かだと思っています。
>前にも書かせて頂きましたが、自由は義務の上に成り立つものです。
>わたしはこのように考える処から、自身をリベラルだと考えているのです。
>社会とのバランス無しには、精神的にも幸福は手に入れられないものなのです。
民主主義の時代のこの日本において、国民の「義務」は、納税と勤労と教育とそれに選挙(まあこれは権利か?)とその他にはどういうものがあるとお考えですか?
「自身をリベラル」というのは、リベラリストという意味ですよねえ?
私自身は、リベラリストになりたいとは思っていますが、なかなかできません。
私の思う「自由」とは。「解脱」という意味に近いのかな?「いっさいの執着から解き放たれたところにしか自由は存在しない」と思っていますから、例えば「才覚があって、それを生かして金持ちになりたい」というのは立派な執着ですから、私の考えでいけば、これでは永遠に「自由」になれないと思っています。
>もっとも義務を課すのは、法であり、法を作り出す議会が社会正義を持っていなければなりません。
ジャックさんの思っている社会正義って何ですか?
それは万人共通の普遍的なものですか?
これまでのところ、私とジャックさんとでも違うようですね?
>ケネディーの云った『国』の意味を考えて下さい。それは為政者の事を云った言葉ではなく、父母兄弟、親族、友、知人、そして自分を育んでくれたこの地・・・・。
まあ「ヨシリン」の主張ですね?
でもその「国」を動かすシステムとして政府がある訳ですよねえ?
この多様性の時代に、一つの政府が唱える「正義」が万人共通のものであると言い切れるのであれば、それはそれで一つの形になるのでしょうが、それぞれの価値観が違う以上、これを無理矢理「国」というくくりにしてしまうのは乱暴なことなんじゃないだろうか?とか考えてしまいますけどね。
私個人として考えたときに、私は自分の子供の為に「死ぬ」ことができる場合があるかもしれないけれども、となりのおばさんや、見知らぬ日本人の為に「死ぬ」ことなど絶対にできません。
こんなのひっくるめて、「国」の為に何かしなければ義務を遂行したことにならない、としたら、これはファッショですよ。
>我が国社会で抜きん出ようとする人は、脚を引っ張られる・。
>残念ながら、これをするのは一般市民なのです。そして親族・・・・。
分からない事は悪・・・・とする風潮も見えています・。
これはよくわかりません。
しかし政治家になるのはほとんど世襲になっていて、優秀な人であっても新人はほぼ政治家になれませんし、多くの人にとっては、ある程度の金がなければ東大には行けませんから学者や研究者が育ちません。こういうことは、ジャックさんが批判しているような社会主義者や共産主義者の教育の均一化の方向性(私はこれもそんな一方的なものではなくて、戦後の国力を引き上げる為の人材作りの方法論として官民の知恵を出し合った結果だと考えていますけどね)が作り出したものではなくて、日本の本来的な成り行きとして自然発生的に硬直した社会システムが作られてきたと考えた方がつじつまが合うのではないでしょうか?
そしてそのことの方が問題だと思うのですけどねえ?
>しかしその立場がアナタだったら?
何度も書いていますが、私は生きていける程度の環境があれば、それ以上の金はあまり欲しくないです。自分から率先して自分より貧乏な人に分けてあげようとも思いませんが、そういうシステムがあればそれでもかまいません。
昔所得税の直間比率の問題のときに、黒柳徹子氏が「私の稼いだお金のほとんどが税金に消えてしまう」というようなことを公共の電波で話していて、そういう著名人の声が優先的に報道されることによって間接税(消費税)導入の、現行の金持ち優遇制度が出来上がったことに関しては、未だに腹立たしい思いを持っています。
もちろん徹子さん自身はそんな欲の皮の突っ張った人ではないと思っていますが、少なくともそういうことが政治的に利用されたことは確かだと思っています。
>前にも書かせて頂きましたが、自由は義務の上に成り立つものです。
>わたしはこのように考える処から、自身をリベラルだと考えているのです。
>社会とのバランス無しには、精神的にも幸福は手に入れられないものなのです。
民主主義の時代のこの日本において、国民の「義務」は、納税と勤労と教育とそれに選挙(まあこれは権利か?)とその他にはどういうものがあるとお考えですか?
「自身をリベラル」というのは、リベラリストという意味ですよねえ?
私自身は、リベラリストになりたいとは思っていますが、なかなかできません。
私の思う「自由」とは。「解脱」という意味に近いのかな?「いっさいの執着から解き放たれたところにしか自由は存在しない」と思っていますから、例えば「才覚があって、それを生かして金持ちになりたい」というのは立派な執着ですから、私の考えでいけば、これでは永遠に「自由」になれないと思っています。
>もっとも義務を課すのは、法であり、法を作り出す議会が社会正義を持っていなければなりません。
ジャックさんの思っている社会正義って何ですか?
それは万人共通の普遍的なものですか?
これまでのところ、私とジャックさんとでも違うようですね?
>ケネディーの云った『国』の意味を考えて下さい。それは為政者の事を云った言葉ではなく、父母兄弟、親族、友、知人、そして自分を育んでくれたこの地・・・・。
まあ「ヨシリン」の主張ですね?
でもその「国」を動かすシステムとして政府がある訳ですよねえ?
この多様性の時代に、一つの政府が唱える「正義」が万人共通のものであると言い切れるのであれば、それはそれで一つの形になるのでしょうが、それぞれの価値観が違う以上、これを無理矢理「国」というくくりにしてしまうのは乱暴なことなんじゃないだろうか?とか考えてしまいますけどね。
私個人として考えたときに、私は自分の子供の為に「死ぬ」ことができる場合があるかもしれないけれども、となりのおばさんや、見知らぬ日本人の為に「死ぬ」ことなど絶対にできません。
こんなのひっくるめて、「国」の為に何かしなければ義務を遂行したことにならない、としたら、これはファッショですよ。
>我が国社会で抜きん出ようとする人は、脚を引っ張られる・。
>残念ながら、これをするのは一般市民なのです。そして親族・・・・。
分からない事は悪・・・・とする風潮も見えています・。
これはよくわかりません。
しかし政治家になるのはほとんど世襲になっていて、優秀な人であっても新人はほぼ政治家になれませんし、多くの人にとっては、ある程度の金がなければ東大には行けませんから学者や研究者が育ちません。こういうことは、ジャックさんが批判しているような社会主義者や共産主義者の教育の均一化の方向性(私はこれもそんな一方的なものではなくて、戦後の国力を引き上げる為の人材作りの方法論として官民の知恵を出し合った結果だと考えていますけどね)が作り出したものではなくて、日本の本来的な成り行きとして自然発生的に硬直した社会システムが作られてきたと考えた方がつじつまが合うのではないでしょうか?
そしてそのことの方が問題だと思うのですけどねえ?
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