マインドコントロール
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2010/11/06 06:24 投稿番号: [16793 / 17759]
先日、久しぶりに近くの本屋に行ったら、「マスコミが報道しない【新宗教】」(だったかな?)という題名を大きく書いた雑誌がひときわうずたかく積まれてあったので手に取って見た。背表紙はたしか清水建設だった。
何らかの新宗教に対する批判めいた事でも書いているのかと思って、パラぱらっとではあるけれども拾い読みをしてみると、なんと、その新宗教といわれるものが結構好意的に書かれていた、もしくは宣伝文的な紹介記事がこの雑誌の骨子になっているようだった。
そこには、統一教会や、創価学会や、親鸞会や、エホバの証人などについての記述が入っていた。これらも、パラパラっと見ただけなので確定的な事はいえないが、少なくとも批判的な文章ではなかったと感じた。
つい最近までのマスコミは、江原某氏と美輪某氏がメインの、どう考えてもいかさまな心霊オカルト番組を、ゴールデンタイムに何のわだかまりも無く堂々と報道している事態になっており、ついにオウム真理教のサリン事件や、統一教会の霊感商法や、エホバの証人の無輸血問題等、かつてマスコミが「悪」として大々的に批判してきた破壊的カルトに対する厳しい見方は、完全に風化してしまったんだなあ・・・と、ちょっとした感傷的な気持ちに耽ってしまった。
思えば最近のこの社会はいわゆる「マインドコントロール」に満ちているようにも思う。そもそも学校教育からして、子供達を現代の社会になじませる為のマインドコントロールであるといえばもしかしたらそうなのかもしれないと思ったりする。
つまり一口に「マインドコントロール」と言っても、そのすべてが悪い訳ではなくて、その使い方次第で、その恩恵を受ける人にとっては「毒」にもなれば「薬」にもなり得る概念だと思う。
昨今の尖閣問題について、私の目にはどういう風に見ても、「非」は中国漁船の方にあるように見えるけれども、違う教育を受けている中国人から見ると、日本が悪者に写るという事らしい。これを見て私は、かつての反捕鯨を唱えるシーシェパードの活動による日本の捕鯨船に故意にぶつかっているビデオを見たときと全く同じだという感想を持った。そのときにも、反捕鯨の立場の人は、どうやら捕鯨船の方が故意に衝突してきたという風に写ったらしい。事ほど左様に、物事の真偽というものには、「絶対的なもの」は無いという事なのかもしれないという思いを強く感じたりした。
毎日真夜中に繰り広げられる通販の馬鹿げたにぎやかさもそうだし、小沢一郎起訴問題に対するマスコミの対応の仕方もそうだが、今やマスコミが垂れ流すテレビ番組のほとんどが何らかの企業や既得権を保証してくれる政治的勢力などとのタイアップ番組になっているようで、巧妙に番組の中に企業宣伝が織り込まれている事に、私は非常に不愉快な思いをしている。
一説によれば、その事によって、景気の低迷やインターネットというメディアの台頭による収益減に対抗する資金獲得方法を見出しているのだという見方もあるようだ。
つまりやはりマスコミは、「企業」「権力者」などというおそらくは経済的影響力をたぶんに持った勢力に庇護されたまま、それをひた隠しにしながらいわゆる「偏向報道」を余儀なくされている現状というものがある事は否定できないように思う。
マスコミは、国民側の視点ではなく、企業や、何らかの自分たちに利益を供給してくれる勢力に対して常に従順にならざるを得ないというどうしようもないジレンマを悲しいかな感じてしまう。
しかしそれを喜んでいる人もたくさんいる事も事実のようだ。
これを見ると、私にはなんだか、マスコミだけではなくて、昨今の日本全体が国民の側に立った見方をしていないという面において、本来の民主主義の立場からすると相当「劣化」しているようにさえ感じられる。
これまでは、国家という権力の腐敗を監視する事は必要な事だと感じていたが、ここにまた、マスコミという本来は我々の側にあったはずの組織までが私たちの「敵」として存在するのを監視しなければならなくなったようで、忙しくなった。・・・・っていうか、だとしたら、彼らの存在理由はなくなってしまうのではないだろうか?とふと感じてしまった。邪魔なだけだ。
しかし、私と同じように感じて、現在の政府やマスコミや企業に対して何らかの不信感を持つ人が多数存在する事も、最近のネットの様々な人の発言を通して感じる事が出来た。
私は、そういう人たちとはおそらくは同じような「マインドコントロール」を受けて育ったのではないだろうか?と思った。
当然それとは違う人もいる事も確かな事だと実感している。
何らかの新宗教に対する批判めいた事でも書いているのかと思って、パラぱらっとではあるけれども拾い読みをしてみると、なんと、その新宗教といわれるものが結構好意的に書かれていた、もしくは宣伝文的な紹介記事がこの雑誌の骨子になっているようだった。
そこには、統一教会や、創価学会や、親鸞会や、エホバの証人などについての記述が入っていた。これらも、パラパラっと見ただけなので確定的な事はいえないが、少なくとも批判的な文章ではなかったと感じた。
つい最近までのマスコミは、江原某氏と美輪某氏がメインの、どう考えてもいかさまな心霊オカルト番組を、ゴールデンタイムに何のわだかまりも無く堂々と報道している事態になっており、ついにオウム真理教のサリン事件や、統一教会の霊感商法や、エホバの証人の無輸血問題等、かつてマスコミが「悪」として大々的に批判してきた破壊的カルトに対する厳しい見方は、完全に風化してしまったんだなあ・・・と、ちょっとした感傷的な気持ちに耽ってしまった。
思えば最近のこの社会はいわゆる「マインドコントロール」に満ちているようにも思う。そもそも学校教育からして、子供達を現代の社会になじませる為のマインドコントロールであるといえばもしかしたらそうなのかもしれないと思ったりする。
つまり一口に「マインドコントロール」と言っても、そのすべてが悪い訳ではなくて、その使い方次第で、その恩恵を受ける人にとっては「毒」にもなれば「薬」にもなり得る概念だと思う。
昨今の尖閣問題について、私の目にはどういう風に見ても、「非」は中国漁船の方にあるように見えるけれども、違う教育を受けている中国人から見ると、日本が悪者に写るという事らしい。これを見て私は、かつての反捕鯨を唱えるシーシェパードの活動による日本の捕鯨船に故意にぶつかっているビデオを見たときと全く同じだという感想を持った。そのときにも、反捕鯨の立場の人は、どうやら捕鯨船の方が故意に衝突してきたという風に写ったらしい。事ほど左様に、物事の真偽というものには、「絶対的なもの」は無いという事なのかもしれないという思いを強く感じたりした。
毎日真夜中に繰り広げられる通販の馬鹿げたにぎやかさもそうだし、小沢一郎起訴問題に対するマスコミの対応の仕方もそうだが、今やマスコミが垂れ流すテレビ番組のほとんどが何らかの企業や既得権を保証してくれる政治的勢力などとのタイアップ番組になっているようで、巧妙に番組の中に企業宣伝が織り込まれている事に、私は非常に不愉快な思いをしている。
一説によれば、その事によって、景気の低迷やインターネットというメディアの台頭による収益減に対抗する資金獲得方法を見出しているのだという見方もあるようだ。
つまりやはりマスコミは、「企業」「権力者」などというおそらくは経済的影響力をたぶんに持った勢力に庇護されたまま、それをひた隠しにしながらいわゆる「偏向報道」を余儀なくされている現状というものがある事は否定できないように思う。
マスコミは、国民側の視点ではなく、企業や、何らかの自分たちに利益を供給してくれる勢力に対して常に従順にならざるを得ないというどうしようもないジレンマを悲しいかな感じてしまう。
しかしそれを喜んでいる人もたくさんいる事も事実のようだ。
これを見ると、私にはなんだか、マスコミだけではなくて、昨今の日本全体が国民の側に立った見方をしていないという面において、本来の民主主義の立場からすると相当「劣化」しているようにさえ感じられる。
これまでは、国家という権力の腐敗を監視する事は必要な事だと感じていたが、ここにまた、マスコミという本来は我々の側にあったはずの組織までが私たちの「敵」として存在するのを監視しなければならなくなったようで、忙しくなった。・・・・っていうか、だとしたら、彼らの存在理由はなくなってしまうのではないだろうか?とふと感じてしまった。邪魔なだけだ。
しかし、私と同じように感じて、現在の政府やマスコミや企業に対して何らかの不信感を持つ人が多数存在する事も、最近のネットの様々な人の発言を通して感じる事が出来た。
私は、そういう人たちとはおそらくは同じような「マインドコントロール」を受けて育ったのではないだろうか?と思った。
当然それとは違う人もいる事も確かな事だと実感している。
これは メッセージ 1 (light_cavalryman さん)への返信です.
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