害無能省だって・・・やれやれ
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/03/25 01:04 投稿番号: [14834 / 17759]
★2006年03月12日
外務省による対中国情報収集活動
・・
我が国害無能省も7年前に中共へスパイを潜入、
【こともあろうに中国当局にスパイがバレて7年間も投獄されていた】ことが明らかになった。
ネタモトは政府自民湯ヨイショの産経新聞。
「中国で国家機密を入手したとして、日本人男性が一九九六年に逮捕され、二〇〇三年まで約七年間、北京の刑務所で服役したことがわかった。」との先月21日に報道している。
週刊ポスト3/17号には、当事者である原博文氏(40)のインタビューが記事となっている。
その記事によれば、原氏は、65年、中国・黒龍江省生まれ。母が中国残留孤児で、91年に家族と共に帰国。日本国籍を得て、ビジネス情報誌『日中経済新聞』を刊行していた。
原氏がスパイとなったのは、
94年当時、外務省国際情報局のIという男から接触があり、
「中国の内部資料が手に入らないか」と頼まれたからだという。
原氏は仕事柄、日中間を頻繁に往来しており、中国の友人などから入手した資料をIに渡し、そのつど謝礼として10万円を受け取っていた。2年間に100点以上の資料を提供したという。
その後、原氏の担当は、
I氏から別の外務省職員S氏、N氏へと引き継がれたという(ポストでは原氏が所持していた外務省職員の名刺を確認している)。
原氏は、途中で中国当局の摘発を恐れ「やめたい」と申し出たこともあったが、
【I氏から「万一逮捕されたときは外交ルートで助ける」「国益のために続けてほしい」と言われ活動を続けていったという。】
ところが96年6月、日本に帰国しようとしていた原氏は北京空港で、中国安全局の捜査員に逮捕される。
連日、厳しい取調べが続いたが、原氏は「万が一逮捕されても、外務省のためでなく自分の仕事のための情報収集だと言ってください。そうすれば外交ルートを通じて助けられるが、外務省のためといえば面倒になる」とI氏に言われていたので、
【外務省との関係は一切話さなかった。】
それが仇になったのだろうか。
98年2月、国家秘密探知罪で懲役8年の実刑判決が確定。原氏は北京市第2刑務所の8人部屋に収容された。
獄中で原氏は、当時のマキコ外務大臣に嘆願書を書き、
在中国大使館員に何度も頭を下げて託したのだが、
【その嘆願書を大使館員は日本に届けることさえしてくれなかったという。】
03年1月、刑期満了前に出所が認められて帰国した原氏は、
ようやく最後の担当者であるN氏を探しだしたが、
【彼は「もう過去のことだ。生活に困っているなら市役所で生活保護を受けたらどうか」と冷たくあしらわれたという。】
その後、原氏をスパイに仕立て上げたI氏から携帯に電話があったが
「私はスイスにいて会えないが、自分で頑張りなさい」というのみで、その後、何の連絡もないという。
スパイとなった原氏にも問題があるが、それにしても、酷い話だ。
外務省が公安警察ゴッコをして、国民を犠牲者にするとはな。
それに対し、早速、
「外務省による対中国情報収集活動に関する質問主意書」を提出したのは、我が北海道のムネオである。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a164098.htm
・・
2005年12月31日
よっぽど○○だったのか? 買春総領事館員
ブログで中共の美人局工作に批判の記事が多いが…
だいたい美人局は、外交工作の定番じゃあないのか? はるか昔より、女使って脅すのは常套手段。そんな事でビビって自殺するとは、情けないやつだ。どうせ自殺するなら、相手の工作員巻き込んで報復自爆テロでもしろって。
それが、最近のエリートの行動規範、「毅然とした態度」ってやつじゃあないのか?苦笑。
・・
http://ch.kitaguni.tv/u/5028/%c3%e6%b6%a6%a1%ca%c3%e6%b9%f1%a1%cb/0000281784.html
中国じゃ、売春は違法で厳重処罰の対象。日本と違って、買った方の追求も厳しいのは知っていたはず。そんな事も知らずに女買っているようじゃ、エリートとして失格。
俺は、逆に、日本政府によって情報漏えいの口封じで殺されたかもって勘ぐってる。あの、ポマード橋本も、中国クーニャンに過去、騙されていた事は周知の事実。
ニポンジン スケベダカラ タマスノカンタン \xA5
外務省による対中国情報収集活動
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我が国害無能省も7年前に中共へスパイを潜入、
【こともあろうに中国当局にスパイがバレて7年間も投獄されていた】ことが明らかになった。
ネタモトは政府自民湯ヨイショの産経新聞。
「中国で国家機密を入手したとして、日本人男性が一九九六年に逮捕され、二〇〇三年まで約七年間、北京の刑務所で服役したことがわかった。」との先月21日に報道している。
週刊ポスト3/17号には、当事者である原博文氏(40)のインタビューが記事となっている。
その記事によれば、原氏は、65年、中国・黒龍江省生まれ。母が中国残留孤児で、91年に家族と共に帰国。日本国籍を得て、ビジネス情報誌『日中経済新聞』を刊行していた。
原氏がスパイとなったのは、
94年当時、外務省国際情報局のIという男から接触があり、
「中国の内部資料が手に入らないか」と頼まれたからだという。
原氏は仕事柄、日中間を頻繁に往来しており、中国の友人などから入手した資料をIに渡し、そのつど謝礼として10万円を受け取っていた。2年間に100点以上の資料を提供したという。
その後、原氏の担当は、
I氏から別の外務省職員S氏、N氏へと引き継がれたという(ポストでは原氏が所持していた外務省職員の名刺を確認している)。
原氏は、途中で中国当局の摘発を恐れ「やめたい」と申し出たこともあったが、
【I氏から「万一逮捕されたときは外交ルートで助ける」「国益のために続けてほしい」と言われ活動を続けていったという。】
ところが96年6月、日本に帰国しようとしていた原氏は北京空港で、中国安全局の捜査員に逮捕される。
連日、厳しい取調べが続いたが、原氏は「万が一逮捕されても、外務省のためでなく自分の仕事のための情報収集だと言ってください。そうすれば外交ルートを通じて助けられるが、外務省のためといえば面倒になる」とI氏に言われていたので、
【外務省との関係は一切話さなかった。】
それが仇になったのだろうか。
98年2月、国家秘密探知罪で懲役8年の実刑判決が確定。原氏は北京市第2刑務所の8人部屋に収容された。
獄中で原氏は、当時のマキコ外務大臣に嘆願書を書き、
在中国大使館員に何度も頭を下げて託したのだが、
【その嘆願書を大使館員は日本に届けることさえしてくれなかったという。】
03年1月、刑期満了前に出所が認められて帰国した原氏は、
ようやく最後の担当者であるN氏を探しだしたが、
【彼は「もう過去のことだ。生活に困っているなら市役所で生活保護を受けたらどうか」と冷たくあしらわれたという。】
その後、原氏をスパイに仕立て上げたI氏から携帯に電話があったが
「私はスイスにいて会えないが、自分で頑張りなさい」というのみで、その後、何の連絡もないという。
スパイとなった原氏にも問題があるが、それにしても、酷い話だ。
外務省が公安警察ゴッコをして、国民を犠牲者にするとはな。
それに対し、早速、
「外務省による対中国情報収集活動に関する質問主意書」を提出したのは、我が北海道のムネオである。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a164098.htm
・・
2005年12月31日
よっぽど○○だったのか? 買春総領事館員
ブログで中共の美人局工作に批判の記事が多いが…
だいたい美人局は、外交工作の定番じゃあないのか? はるか昔より、女使って脅すのは常套手段。そんな事でビビって自殺するとは、情けないやつだ。どうせ自殺するなら、相手の工作員巻き込んで報復自爆テロでもしろって。
それが、最近のエリートの行動規範、「毅然とした態度」ってやつじゃあないのか?苦笑。
・・
http://ch.kitaguni.tv/u/5028/%c3%e6%b6%a6%a1%ca%c3%e6%b9%f1%a1%cb/0000281784.html
中国じゃ、売春は違法で厳重処罰の対象。日本と違って、買った方の追求も厳しいのは知っていたはず。そんな事も知らずに女買っているようじゃ、エリートとして失格。
俺は、逆に、日本政府によって情報漏えいの口封じで殺されたかもって勘ぐってる。あの、ポマード橋本も、中国クーニャンに過去、騙されていた事は周知の事実。
ニポンジン スケベダカラ タマスノカンタン \xA5
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