“平和ボケ”のお部屋

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無知が恥かきに舞い戻ったのか♪

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/11/24 00:00 投稿番号: [13373 / 17759]
>国内法と国際法の区別もつかねえ大馬〜〜鹿♪♪♪♪
>だいいち国際連盟が裁判所なのかよ????
>こいつぁまいったな♪♪♪♪
>いやはや天下のチン説、「恐れ入谷の鬼子母神」だぜえ♪♪♪♪



【国際連盟】

  国際調停機関

  国際連盟の性格だが、
  この機構は国際(集団)安全保障機関(NATOのようなもの)ではなく国際調停機関であるにすぎない。
  そして現在の国際連合も国際調停機関であるにすぎず、
  たとえ国連軍の規定があるにせよ、その性格に変化はない。
  また、国際連合が強制力をもった結果、平和の維持に成功したとみなすのも誤りである。
  事実は戦間期国家間の戦争は激減したが、第二次大戦後国家間の戦争は著増した。
  両者においてメンバーの網羅性以外、大差はないのが実態である。

  そして歴史上、国際調停機関は、一九世紀のヨーロッパにおいてすでに存在していた。
  黙示的にはウィーン会議以降「ヨーロッパ・コンサート」(協調するヨーロッパ)として成立した、
  紛争を仲裁や話し合いで解決しようというのが、第一歩だった。
  そして国際法の整備が話し合われ海上交通の安全から陸戦規定などの人道保護規定などに進んだ。
  そしてクライマックスをロシア皇帝の主唱による第2回ハーグ平和会議で迎えた。
  この平和会議はヨーロッパ各国だけでなく他の地域の国が招かれ、
  既に日本とアメリカがヨーロッパ6大国(英仏独露墺伊)と並び8大国として扱われていた。


  そして国際連盟は、
  ハーグ会議で設立された(ハーグ)国際司法裁判所や万国郵便連合、
  国際赤十字などに基盤を置いており   その継承性は明らかである。
  また、戦争を防止するための多角的外交はロンドンにおいて
  イギリス外相グレイが主宰して各国大使を招請することにより円滑に行なわれていた。
  このイギリスの調停外交により1879年のベルリン会議以降、
  ヨーロッパの大国が関係する戦いはヨーロッパでは第一次大戦勃発まで全く発生しなかった。

  また、国際連盟がアメリカ不参加により機能不全に陥ったことは明らかだが、
  他にもドイツ・ソ連が当初参加しなかった。
  これでは大国間の調停外交の実質は発生しない。
  つまり、敵味方陣営全てが参加したことがかつてのヨーロッパの調和(ヨーロッパ・コンサート)であり、
  そうでなければ被告のいない裁判となり道徳的にも効力が疑わしくなる。
  また戦勝国だけが集ったことは、国際連盟が
  いわば国際(集団)安全保障機関となったのではないか、と疑念を生じさせた。

  アメリカ議会で行なわれた論争は実はそれが中心である。
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