思うのだが…
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/09/14 00:18 投稿番号: [11627 / 17759]
資本主義に対する対応の仕方は、単純化すると次の三つになるのではないだろ
うか?
Aモデル) 資本主義の論理をそのまま認める。例:アメリカのグローバリズム
Bモデル) 資本主義の論理を否定する。例:レーニニズム
Cモデル) 資本主義を生かさず、殺さずに行く。
例:社会民主主義?
Aのモデルでは、野蛮で非情な資本の論理が貫徹されるので、アメリカの大都
市で見ることのできるドーナッツ化現象(都市中心部に近いところに巨大な貧
民街ができる)や今度のニューオーリンズの台風災害で露呈したような現実が
待ち構えている。日本の、小泉・竹中路線は、この方向にある。
Bのモデルは、20世紀末に破綻を露呈した。今後、“ニューレーニニズム”と
か“ニューマルキシズム”みたいなものが再登場する可能性は充分あると思う
が、反撃の狼煙を上げるには、今少々時間がかかるのではないだろうか?
Cのモデルは、自己矛盾に満ちている。不徹底であることを免れず、論理的矛
盾を内包することが不可避であると考えるが、Bモデルが失われた現在、Aモ
デルを嫌う側としては、現実的に選択可能な唯一の道でもある。
“狭き門より入れ”というのは、こういうところで引用されるべき言葉ではな
いのかもしれないが、野蛮な資本主義によってもたらされる、貧乏人が嘗めな
ければならない娑婆苦をいくらかでも緩和しようという対処療法は、ある種の
現実主義的な選択であると思う。
ところで、日本の民主主義における悲劇は、このCのモデルを追求する、しっ
かりした政党が育っていないということではないだろうか?(もちろんBモデ
ルを追求する正統派の党組織も存在しないが…笑)Cモデルを指向する人たち
の受け皿が存在しないんだよね。
これは メッセージ 11626 (light_cavalryman さん)への返信です.
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