Re: 文化泥棒にパクられるのは罰あたりだか
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2012/05/21 10:16 投稿番号: [19 / 89]
今、祭りの本性が問われている。
京都の祇園祭りを発祥として全国に伝わった七夕を祝う祭り。
その祇園祭は、京都市東山区の八坂神社(祇園社)の祭礼であり、その神との繋がりを忘れた観光客誘致のためのイベントと化してしまったねぶた祭り
はパクリやすい。
日本人の神との繋がりが強固な祭りはパクろとしてもパクれない、と思う。
私の住む地元も七夕を祝う灯篭の祭りがあるが、地元の神社の祭礼とし神へ
灯火を奉納する祭りとなっている。
神との繋がりを大切にすべきだと思う。
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●1593(文禄2) 京都にて秀吉侯の御前で津軽為信「津軽の大灯籠」を紹介、以後年中行事となる
●1722(享保7) 五代藩主 信寿 ねぶた見物(弘前)
●1716〜1736
(享保・年間) 油川(青森)でねぶた祭行われる〔青森ねぶたが記録に現れた最初〕
●1772〜1781
(安永) 青森ねぶたに踊りがついていた記録あり
●1788(天明8) 比良野貞彦 「奥民図彙」にねぶた絵表す
--------------------------------------------------------------------------------
●1804〜1818
(文化) ねぶた大型化、人形ねぶたが創案され、 かつぎねぶたも大型化の方向へ
●1843(天保13) 滑稽舎語仏が能代でねぶた見物 当時のねぶた祭りの様子を記録
●1869(明治2) 浜町のねぶた「宝船」は高さ20mの百人かつぎの巨大なものだった
●1873(明治6) ねぶた禁止令(菱田県令)発令
●1882(明治15) 同禁止令解禁
●大正末期
〜昭和初期 ばけと(化け人)大流行。組ねぶた登場。次年戦災で中止
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●1946(昭和21) 油川、旭町でねぶた
●1947(昭和22) 復興港まつり開催(海上運行始まる)復興に向け、戦時中中止されていたねぶたの運行が行われた。また、照明がローソクからバッテリーへ
●1948(昭和23) 港まつりとねぶた祭を結び大祭典に発展〔ねぶた審査制度設けられる〕
●1952(昭和27) 青森観光協会創立
●1958(昭和33) 青森港まつりを青森ねぶた祭へ変更
●1958(昭和33) 「青森ねぶた祭」は、国鉄・東北三大まつり指定(周遊コース編成)
●1960(昭和35) 大阪・松竹歌劇でねぶたを採用
●1961(昭和36) 大型ねぶた20台で戦後最大のパレード
●1963(昭和38) ねぶた太平洋を渡りハワイへ
●1963(昭和38) 青森ねぶた祭が青森市文化財に指定
●1968(昭和43) 初の有料桟敷席好評
●1970(昭和45) ねぶた「万国博(大阪)」へ
●1971(昭和46) 日本のまつり参加
●1972(昭和47) 観客動員数200万人突破
●1972(昭和47) 第1回ミス・ねぶたコンテスト
●1974(昭和49) 海上運行断念(艀不足の為)
●1980(昭和55) 「青森のねぶた」が国の重要無形民俗文化財に指定
この年、人出は300万人
●1987(昭和62) 青森観光協会、社団法人へ
●1989(平成元) 運行の円滑化のため、黒装束は排除
●1992(平成4) 新ねぶた団地のラッセランド登場
●1995(平成7) 大型ねぶたの総合最高賞「田村麿賞」が「ねぶた大賞」へ
●1998(平成10) 青森市制100年ねぶた運行。担ぎねぶた登場
●2001(平成13) 青森ねぶた保存伝承条例が施行。
(社)青森観光コンベンション協会発足
●2005(平成17) ねぶた「愛知万博(愛・地球博)」へ
京都の祇園祭りを発祥として全国に伝わった七夕を祝う祭り。
その祇園祭は、京都市東山区の八坂神社(祇園社)の祭礼であり、その神との繋がりを忘れた観光客誘致のためのイベントと化してしまったねぶた祭り
はパクリやすい。
日本人の神との繋がりが強固な祭りはパクろとしてもパクれない、と思う。
私の住む地元も七夕を祝う灯篭の祭りがあるが、地元の神社の祭礼とし神へ
灯火を奉納する祭りとなっている。
神との繋がりを大切にすべきだと思う。
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●1593(文禄2) 京都にて秀吉侯の御前で津軽為信「津軽の大灯籠」を紹介、以後年中行事となる
●1722(享保7) 五代藩主 信寿 ねぶた見物(弘前)
●1716〜1736
(享保・年間) 油川(青森)でねぶた祭行われる〔青森ねぶたが記録に現れた最初〕
●1772〜1781
(安永) 青森ねぶたに踊りがついていた記録あり
●1788(天明8) 比良野貞彦 「奥民図彙」にねぶた絵表す
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●1804〜1818
(文化) ねぶた大型化、人形ねぶたが創案され、 かつぎねぶたも大型化の方向へ
●1843(天保13) 滑稽舎語仏が能代でねぶた見物 当時のねぶた祭りの様子を記録
●1869(明治2) 浜町のねぶた「宝船」は高さ20mの百人かつぎの巨大なものだった
●1873(明治6) ねぶた禁止令(菱田県令)発令
●1882(明治15) 同禁止令解禁
●大正末期
〜昭和初期 ばけと(化け人)大流行。組ねぶた登場。次年戦災で中止
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●1946(昭和21) 油川、旭町でねぶた
●1947(昭和22) 復興港まつり開催(海上運行始まる)復興に向け、戦時中中止されていたねぶたの運行が行われた。また、照明がローソクからバッテリーへ
●1948(昭和23) 港まつりとねぶた祭を結び大祭典に発展〔ねぶた審査制度設けられる〕
●1952(昭和27) 青森観光協会創立
●1958(昭和33) 青森港まつりを青森ねぶた祭へ変更
●1958(昭和33) 「青森ねぶた祭」は、国鉄・東北三大まつり指定(周遊コース編成)
●1960(昭和35) 大阪・松竹歌劇でねぶたを採用
●1961(昭和36) 大型ねぶた20台で戦後最大のパレード
●1963(昭和38) ねぶた太平洋を渡りハワイへ
●1963(昭和38) 青森ねぶた祭が青森市文化財に指定
●1968(昭和43) 初の有料桟敷席好評
●1970(昭和45) ねぶた「万国博(大阪)」へ
●1971(昭和46) 日本のまつり参加
●1972(昭和47) 観客動員数200万人突破
●1972(昭和47) 第1回ミス・ねぶたコンテスト
●1974(昭和49) 海上運行断念(艀不足の為)
●1980(昭和55) 「青森のねぶた」が国の重要無形民俗文化財に指定
この年、人出は300万人
●1987(昭和62) 青森観光協会、社団法人へ
●1989(平成元) 運行の円滑化のため、黒装束は排除
●1992(平成4) 新ねぶた団地のラッセランド登場
●1995(平成7) 大型ねぶたの総合最高賞「田村麿賞」が「ねぶた大賞」へ
●1998(平成10) 青森市制100年ねぶた運行。担ぎねぶた登場
●2001(平成13) 青森ねぶた保存伝承条例が施行。
(社)青森観光コンベンション協会発足
●2005(平成17) ねぶた「愛知万博(愛・地球博)」へ
これは メッセージ 18 (neo*an*sh*no*onb*i さん)への返信です.
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