Re: 日本に付き纏う性悪ストーカー「特亜三
投稿者: bottomlineshock 投稿日時: 2006/06/20 20:17 投稿番号: [8812 / 9338]
福沢諭吉の脱亜論です。
彼の慧眼と先見性は凄いですね。
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日本は、国土はアジアにありながら、国民精神において
は西洋の近代文明を受け入れた。ところが日本の不幸とし
て立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであ
り、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と
同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだ
が、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に
差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりは
あまりにも大きい。情報がこれほど早く行き来する時代に
あって、近代文明や国際法について知りながら、それでも
過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。
この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教
を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面で
は科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をも
もたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪い
のはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。
私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持
することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現
れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代
化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなけれ
ば亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑い
もない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に
洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気
の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないか
らである。
『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うこ
とを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けに
もならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人
から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわち
シナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向
こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑わ
れ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であ
ればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で
政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国
かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを
例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂って
おれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとして
も、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。
実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見
され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期
待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその
繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に
進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで
特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対
しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよ
い。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私
は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するもので
ある。
彼の慧眼と先見性は凄いですね。
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日本は、国土はアジアにありながら、国民精神において
は西洋の近代文明を受け入れた。ところが日本の不幸とし
て立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであ
り、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と
同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだ
が、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に
差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりは
あまりにも大きい。情報がこれほど早く行き来する時代に
あって、近代文明や国際法について知りながら、それでも
過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。
この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教
を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面で
は科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をも
もたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪い
のはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。
私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持
することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現
れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代
化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなけれ
ば亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑い
もない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に
洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気
の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないか
らである。
『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うこ
とを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けに
もならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人
から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわち
シナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向
こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑わ
れ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であ
ればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で
政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国
かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを
例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂って
おれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとして
も、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。
実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見
され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期
待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその
繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に
進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで
特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対
しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよ
い。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私
は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するもので
ある。
これは メッセージ 8810 (hironomiya2003 さん)への返信です.