>バターン死の行進は
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/18 00:27 投稿番号: [7297 / 9338]
>単に物資の無かった日本軍が捕虜と一緒に歩いて捕虜収容所まで行っただけだよ。
そうですね。
しかも捕虜は軽装でしたが、日本兵は30〜40kgの荷物を担いだまま、捕虜と同じ経路でバターンをほとんど食料も無いまま徒歩で移動しているわけです。
アメリカ兵は、日本軍に投降した時点ですでに病気と餓死寸前だったわけですが、「要塞を敵の捕虜で埋め尽くしたままにする」など戦争中にできるはずもなく、もっとも近い(しかし半病人には死ぬほど遠い)捕虜収容所に送るしかありませんでした。
日本軍は1日数十kmを重装備で徒歩で移動するのは当然のことでしたし、石油が絶対的に不足している日本軍が車両を当たり前のように使えるはずもありません。(アメリカに止められた石油を調達するために戦争をしているのですから。)
日本兵も、突然の大量の捕虜の発生によって飢えと渇きで極限状態に陥っていました。
確かに捕虜が1人減れば1人分の食料が浮くことになりますから、気の毒には思っても積極的に延命しようとはしなかったのではないかと思います。
これは メッセージ 7291 (bottomlineshock さん)への返信です.
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