やっぱり、少しへんですね
投稿者: moccusboccus 投稿日時: 2003/11/27 09:21 投稿番号: [725 / 9338]
トピずれなので、ごく簡単にお答えします。
>>「日本」という国名については、推古天皇時代に摂政だった聖徳太子が隋の皇帝に書簡を出した時、「日出処天子」と自己紹介して以来のものです。
>エー、確かヤマト側が中国政権に示した「日本国」は遣唐使が嚆矢でしたね。
聖徳太子が最初に国書を送ったのは隋であり、小野妹子は「遣隋使」でした。
>しかも旧唐書の中に、「日本国は倭国の別種なり。その国日の辺に在るを以っての故に、日本を以って名を為す」「或いは曰く、日本は旧小国、倭国の地を併す」というのがありますね。
唐書には「倭国が日本を併合した」とまったく反対のことが書いてある。信憑性は旧唐書のほうが高いとのことですが、どちらにしても倭国と日本国が一時期両立していたことが唐側に認識されています。
「後漢書」や「魏志倭人伝」に登場する弥生時代の「倭国」や「邪馬台国」は日本列島に存在した複数の国の一つであり、それぞれの領土もかなり限られたものでしたが、時代が下った聖徳太子の時代の所謂「日本」は、既に本州(東北の北部を除く)、九州、四国を統一していたということです。
>おまけに例の「日出処」の書簡は聖徳太子に該当させているけど、聖徳太子は「日出処天子」とあるような、天子ではありませんね。
聖徳太子は日本古代史の中でも傑出した人物でしたが、何か聖徳太子に御不満でもあるんですか?
>これでは記紀が神宮皇后を卑弥呼に指定したみたいな無理がないかな。
「記紀」では、神宮皇后は卑弥呼に指定されていませんよ。神宮皇后は第十四代仲哀天皇の皇后とされています。
>日本という国名が大和政権の「日出処」にあると素直に解釈するのは如何なものかと思うんです。
それでは日本という国名の由来について、あなたの説をお聞かせください。
>日本の古代史は天皇家が絡むことで捏造されている可能性が非常に高い。
其の財産の所有者である全国民から隠蔽されていると思われるんです。
隠蔽捏造は伝統芸ですし。
日本及び日本の皇室を、いたずらに誹謗、中傷するのはお止めください。
これは メッセージ 713 (hendazo04 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/4z9q73a4na5ya5ha5ja5e0bfmbg5tbba6a4r65a4a8a4ha4a6_1/725.html