それではお答えします
投稿者: moccusboccus 投稿日時: 2003/11/26 10:30 投稿番号: [712 / 9338]
「日本」という国名については、推古天皇時代に摂政だった聖徳太子が隋の皇帝に書簡を出した時、「日出処天子」と自己紹介して以来のものです。
因みに、「日出国」は福建語で“ジペンクオ”と発音しますが、これが唐の時代に“ジーペン”になり、後にマルコ・ポーロによってヨーロッパに“ジパング”と紹介され、英語では「ジャパン」になったことは御承知のことと思います。
>鎌倉時代があったことは知っていたけど、桓武天皇が京都に都を移して以来明治維新までの約900年間日本の都(首都)は京都だったんじゃないの?
江戸が首都でなかったように鎌倉もいっしょでしょ?
ここ返事ちょうだいね。
天皇の住まいである皇居のある場所を首都とするならそうなりますが、実際は天皇が政治権力を握っていた「天皇親政時代」は短く、政治権力は貴族に、さらに武士に移行していったわけですから、それぞれの時代の政治の中心地を首都と考えるのが普通でしょう。
現代でも、首都を東京から岐阜か仙台あたりに移転する話が出ていますが、その場合は皇居も岐阜や仙台に移さなければならないなどという議論は聞いたことがありませんがね。
古代史における外来者を通称して「渡来人」という言葉が一般的になったのは、「帰化人」という言葉は法的に国籍を変更した人にのみ使用されるべきであるという異議が出されたためです。そういうことなら、古代では国籍変更などに関係した法整備はなされていなかったので、「渡来人」という言葉の方がふさわしいという結論に達したわけです。
「日本人朝鮮半島起源説」については、日本人は人種としては、南洋諸島ー台湾ー沖縄ルート、揚子江ルート、朝鮮半島ルート、北方ルートで日本列島に波状的にやって来た人々の子孫ということですから、当然朝鮮半島の人々とも人種的な繋がりの深い人々は大勢いるはずです。
ただ日本人は、人種的なルーツを辿れば様々な場所からやって来たとしても、先祖が日本列島に住み着き、長い間に日本文化を育んできたわけですから、社会人類学的には日本列島独自の社会環境に馴染み、日本人としてのアイデンティティーを確立している人が日本人ともいえるわけです。
また後天的に、日本人と結婚するなど様々な理由で日本に帰化申請し、認められた人も国籍としては日本人であり、全ての面で日本人として扱われます。
豊臣秀吉の出自については、いろいろ伝説的なことがいわれていますが、私が調べた範囲では先祖が「山窩」出身の可能性もありますね。
これは メッセージ 701 (hendazo04 さん)への返信です.
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