シナよりベトナムだ! (1)
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/12/06 05:06 投稿番号: [6192 / 9338]
【日本よ】石原慎太郎
ベトナムの可能性
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久しぶりに訪れたベトナムで歴史はうねりながら進んでいくという強い実感を味わわされた。
初めてのベトナム行きは今からもう四十年も前、ベトナム戦争も末期にさしかかっていたころのことで、クリスマス休戦という歴史にあまり例を見ない、戦争にあるまじきなれ合いの出来事の取材をある新聞社から頼まれ、前線には絶対にいかないという約束で出向いた。しかし現地に行ってみれば物書きの好奇心はやみがたく、約束は無視して休戦後の前線まで出かけて行った。
揚げ句に風邪をひき、アミーバー赤痢にかかり、知らぬ間に戦場につきものの肝炎にまで感染してしまい潜伏を知らずに戻った日本で発病し、生まれて初めての大病で半年謹慎させられた。その間ベトナムで得た、アメリカはこの戦に遠からず敗れて兵を退き、ベトナムは必ず共産化されるだろう、という確信をさらに演繹(えんえき)しての祖国日本への危機感の揚げ句、出かける前には思いもよらなかった政治参加への決心をするにいたった。つまり、もし私があの時ベトナムに出かけなければ、私は決して政治家になってはいなかったろう。
私の予感は的中したが、その後ベトナムは中国のトウ小平が一国二体制をいい出す前に、ドイモイなる一種の自由化による合理化路線を進みだした。
二度目のベトナム行きは一種のセンチメンタル・ジャーニーで、香港から家内と豪華客船に乗り、かつて空恐ろしい思いをさせられたダナンから、結果は観光どころか命懸けで往復した古都のフエを訪れ、さらにメコン河をサイゴンまで遡(さかのぼ)っての旅だった。
その折の英語を話す案内人は、戦争中私が多く出会ったサイゴンの極めて水準高くシニックなインテリたちの一人で、共産党に入党すれば自分はこの教養を買われてもっといい職につけるだろうが、共産主義は絶対に嫌だからといっていたものだった。
そして今回、東京都が提唱し創設された「アジア主要都市会議」の後、幾つかの案件について請われてハノイを訪れた。
そこで得た印象は、先の二度の訪問の折に強く感じられたシニスムにも通じるベトナム人の知的水準の高さが、今は極めてポジティブに生かされているということだった。
もともと東南アジアにおいて、ベトナム人の知的水準と勤勉さは相対的に極めて高くそれを明かす事例にはこと欠かない。大体この国は滅多に戦争に負けたことがない。アメリカにもトウ小平時代の対中国戦争にも負けることがなかったし、かつて三国志時代、知将諸葛孔明が一番手を焼いた相手も彼らだった。
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久しぶりに訪れたベトナムで歴史はうねりながら進んでいくという強い実感を味わわされた。
初めてのベトナム行きは今からもう四十年も前、ベトナム戦争も末期にさしかかっていたころのことで、クリスマス休戦という歴史にあまり例を見ない、戦争にあるまじきなれ合いの出来事の取材をある新聞社から頼まれ、前線には絶対にいかないという約束で出向いた。しかし現地に行ってみれば物書きの好奇心はやみがたく、約束は無視して休戦後の前線まで出かけて行った。
揚げ句に風邪をひき、アミーバー赤痢にかかり、知らぬ間に戦場につきものの肝炎にまで感染してしまい潜伏を知らずに戻った日本で発病し、生まれて初めての大病で半年謹慎させられた。その間ベトナムで得た、アメリカはこの戦に遠からず敗れて兵を退き、ベトナムは必ず共産化されるだろう、という確信をさらに演繹(えんえき)しての祖国日本への危機感の揚げ句、出かける前には思いもよらなかった政治参加への決心をするにいたった。つまり、もし私があの時ベトナムに出かけなければ、私は決して政治家になってはいなかったろう。
私の予感は的中したが、その後ベトナムは中国のトウ小平が一国二体制をいい出す前に、ドイモイなる一種の自由化による合理化路線を進みだした。
二度目のベトナム行きは一種のセンチメンタル・ジャーニーで、香港から家内と豪華客船に乗り、かつて空恐ろしい思いをさせられたダナンから、結果は観光どころか命懸けで往復した古都のフエを訪れ、さらにメコン河をサイゴンまで遡(さかのぼ)っての旅だった。
その折の英語を話す案内人は、戦争中私が多く出会ったサイゴンの極めて水準高くシニックなインテリたちの一人で、共産党に入党すれば自分はこの教養を買われてもっといい職につけるだろうが、共産主義は絶対に嫌だからといっていたものだった。
そして今回、東京都が提唱し創設された「アジア主要都市会議」の後、幾つかの案件について請われてハノイを訪れた。
そこで得た印象は、先の二度の訪問の折に強く感じられたシニスムにも通じるベトナム人の知的水準の高さが、今は極めてポジティブに生かされているということだった。
もともと東南アジアにおいて、ベトナム人の知的水準と勤勉さは相対的に極めて高くそれを明かす事例にはこと欠かない。大体この国は滅多に戦争に負けたことがない。アメリカにもトウ小平時代の対中国戦争にも負けることがなかったし、かつて三国志時代、知将諸葛孔明が一番手を焼いた相手も彼らだった。
これは メッセージ 6191 (kitanotabibito2015 さん)への返信です.