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2ndレス>生産だと・・・

投稿者: type74jpanmbt 投稿日時: 2004/03/18 19:13 投稿番号: [3181 / 9338]
  私が紹介できるデーターベースだと1940年までしかないから、申し訳ないがそれ以降については論評できない。

>朝鮮の米は、1918年の米騒動に伴う米不足の時を唯一の例外として、日本にとっては朝鮮米の日本への移入は「敵」だった。


これは、ちょっと事実認識が甘い文だね。

  朝鮮での米増産計画が本格的にスタートしたきっかけは、1918年の米騒動なんだよ。

  政情不安になることを恐れた日本政府は、朝鮮から米を輸入する事で米騒動の再発を防ごうと考え、朝鮮での米増産計画を実行に移したのさ。

  朝鮮米の大量輸入は根本的に日本国内の政情安定のために行った、と考えるのが自然だと思うね。

>当時の朝鮮農家は米を日本に売って高額の現金収入を得ておりました。

  ここで言われている「朝鮮農家」とは地主の事であって、人口の大部分を占める小作人のことではないよ。

  相変わらず、小作人は狭間期では困窮して今風に言えば闇金や街金から借りて生活し、米を売却してもその返済やら地代やらを払うと手元には雑穀で食いつなぐのが精一杯の金しか残らなかったみたいだし。

  いくら日本に米輸出して稼いだとしても、小作人の所得が向上しなければ意味がないし、日本統治下で小作農の比率が減少したデーターは無い。
(実際は自作農は減少し小作農が増加している)

>当時の朝鮮総督府は日本農民にとって「反日」権力でした。

当時、朝鮮総督府の機関紙だった京城日報を読むと結構、面白いよ。

  朝鮮産米の輸入に反対する日本国内の農民を「内地愚農」とこき下ろしたりしていて、なかなか興味深い。

>朝鮮から過剰に米が日本に移入されても朝鮮での米消費量が極端に減らないように総督府が配慮しておりました。

これは詭弁だな。

「内地愚農」の反対によって止む無く朝鮮総督府は輸出を制限して、しょうがないから朝鮮内での消費を図ろうとした、

というのが正しい認識だな。

>例)1940年   大凶作で前年比   約1000万石減の時、日本への移入を605万石から一気に43万石に制限してます。

ほう、1940年はそうだったのか。これまた勉強になった。

  1934年と1935年の大凶作の時、無理やり日本に輸出したが、その時、朝鮮内で相当に朝鮮総督府は叩かれまくったのかもな。

>一人当たりの米消費が減り   0.5石以下になった年の全ての責任は「金亡者」と言われる朝鮮農家にある。(米の対日移出フィーバーが原因)


これも甘いな。

  朝鮮で生産された米は、商人だけで売買されたわけではなく、
  朝鮮総督府が直接買い付けを行い、それを日本に売却していた。

つまり日本への売却で儲けたのは商人や地主だけではなく、最大取引量を誇った朝鮮総督府だよ。

>これに対しても、総督府は緊急に穀物を輸入をしてあげ、朝鮮人の食するカロリーに変化が無いようにした。まさに、最高の「善策」である。


これはいくらなんでも悪質だな。

凶作(1934年)なのに、総計157万t日本に売却し(内1/4程度が総督府による)、

ソレに対して21万t輸入したのに過ぎない。

朝鮮総督府もその「金亡者」の一員なのにも関わらず、


総督府に行政責任がない上に「朝鮮人の食するカロリーに変化が無いようにした」善政とは・・・・

これを書いた人は誰だか知らんが、
いやはや、恥知らずにも程があると思うぞ。
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