外国人が見た日本人
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
日本の紙
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/14 08:54 投稿番号: [40 / 178]
「実際的農業において日本人は驚くほど巧みです。そして、私たちが見習っても良い多くの方法や習慣を有しています。他のどんな国に行っても一エーカー当たりの食糧生産量において、また雑草の少なさにおいて、土地が世代から世代にと肥沃さを完全に維持することにおいて、あるいは、理解力のある旅行者の目を魅了することにおいて日本の田園以上の田園は見つかりません」
ウィリアム・スミス・クラーク
「札幌農学校初代教頭の日本体験」昭和堂
「日本では紙に無数の用途がある。フランスで知られている使用法のほか、人々はハンカチ代わりに使ったり、信じられぬほどの耐久性を与えて革の代用にする。また小像、造花、ナプキン、雨合羽、番傘、絹まがいの生地、紐、はては蒸気機関の運動を伝えるベルトにいたるまで軽くて丈夫な、ありとあらゆる類の用具を造ってしまう。
日本の紙が飛びぬけて丈夫な理由は、パルプをつくる際中身となる自然の強靭な繊維や皮層を砕いてしまわない点にある』
エドモン・コトー
「ボンジュール・ジャポン・青い目の見た文明開化」新評論
世界旅行家
明治14年、3ヶ月滞日
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職人の矜持
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/11 21:00 投稿番号: [39 / 178]
「数年前のことだが、京都の自分の家で仕事をしている年取った陶器の絵付け職人が、ある日、神戸の外国商人の店を訪ねた。店に入った彼は持ってきた品物を見てほしいと言って許しを得ると、包みを開いて十余りの小箱を取り出し、さらにはこの一つひとつから精密な絵を描いた見事な陶器を取り出した。それを床の上にそっと並べると、傍らに跪いて、一つずつ慎重に調べた。品物全部が値踏みされ、それぞれに値段がつけられると、商人は足でそれを指しながら、『全部買えば、どれだけ引くのかね?』と言った。
年取った職人は、怒りに燃えた目つきでさっと立ち上がると、『どんなにお金を積んでも、決してお売りできません』と言って、すばやく品物を包み、一礼して一言も言わずに出て行った』
この出来事を私に話してくれたのは、そのとき面食らった商人の友人であった。日本の家では、足を使って物を指し示すほど大きな侮辱はない。日本では陶器の絵付け職人といえども、厳格な礼儀作法を守る環境に生まれ育っている。だから彼は、自分が何週間もの間、精魂を込めた作品が、こんな侮辱の受けたのを見て、愛情込めた品物をそんなに軽々しく考える者の手に渡すくらいなら、むしろ一切売るのをやめたほうが良いと思ったのだ』
『英国人写真家の見た明治日本』
講談社学術文庫
ハーバート・ジョージ・ポンティング
英国の写真家
「閑雅な座敷で日本料理を味うには、同時に『芸術』を『味う』ことでもある。日本割烹の板前は見る目に美しいものを想像する芸術家だ。一つびとつの料理がそれぞれ特別の容器に盛られている美しさは目を驚かすばかりである、清純な味わいと鮮麗とを兼ねた佳饌は(立派な料理)、一服の静物画そのものだ」
ブルーノ・タウト『日本―タウトの日記―1934年』岩
波書店
ドイツの建築家
3年滞日
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日本の職人
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/09 10:11 投稿番号: [38 / 178]
「日本人の天才的資質は、小さなものにおいて完全な域に達する。茶碗、お盆、湯わかしをも美術品に作り上げる方法、さらに、象牙製の小さな疑宝珠を奇妙な気分の縮図に変えてしまう方法、鉛筆を数回書きなぐって、一瞬のあいだに浮かんでは消える思想を表現する方法、これらを日本人の半分も良く知っている国民はいない」
バジル・ホール・チェンバレン
『日本事物誌』平凡社
「大工が、一本の材木の上に立って、剃刀のような切れ味の刃に、ひん曲がった柄のついたこの道具(手斧
ちょうな)を勢いよく振い、裸足の足指から1センチと離れていない、木材の表面を削り取ってゆく姿を見れば、気の弱い人ならはらはらするだろう。
しかし、足の指をなくしたり、この道具を振り下ろす目測を謝ったために受けたとおもわれる傷痕がある大工を見かけたことがないことは、この重宝な道具の使用にあたり、日本の大工正確無比であることの証左といえよう』
エドワード・シルヴェスター・モース
『日本人の住まい』八坂書房
「日本ほど道具類が高価でまた多種多様な国民はどこにも見当たらない。
道具類は、この国では、それぞれの職人によって別々に製作される。日本国民以上に道具類に対して大きな価値を認めている国民はどこにもいない。
われわれは最も簡単な大工職人、レンガ職人からガラス研師、時計師にいたるまで、どこを訪ねても、いたるところで、道具に対して最大の注意を払われていることを見出すのである。
錆びやすく破損しやすいものは、どれも竹の筒すなわち鞘に収めて保管されている。また鋼鉄すなわち鉄製品だけでなく、木製品でさえもやはり同じように清潔に手入れをしている。
日本の職人たちは、全般的にみて、長い人は、毎日一時間あまりを自分の道具の手入れのために費やしているといっても差し支えない』
ファン・オーフルメール・フィッセル
『日本風続備考』平凡社
オランダ人。9年間長崎出島のオランダ商館勤務。
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Re: 「在日朝鮮人hendazo04は見た」
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/09 09:42 投稿番号: [37 / 178]
おまえ、fffだろう。
ハリウッドトピに答えられず、ハンを変えてぐじゅぐじゅいってる。
正面からかかってこんかい!(藁
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「在日朝鮮人hendazo04は見た」
投稿者: chon_chonchon_chonchonchon_afo 投稿日時: 2009/02/07 11:49 投稿番号: [36 / 178]
に成り下がったアホトピってか。ゲラゲラ♪
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象嵌細工
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/07 11:14 投稿番号: [35 / 178]
ヨーロッパ最高の職人を打ちのめした日本人の技量
「私はS・駒井の作ったシガレット・ケースを持っている。その蓋の上についている図柄は、松の木の枝に一羽の鷲が止まっていて、二羽の小鳥が近くに侵入してきたのに怒って、羽を逆立てている図である。小鳥たちは木の上に敵が隠れているのを知らなかったのだが、今それに気がついて、口を開けて恐怖の鳴き声を上げている。
鷲と松ノ木は濃淡様々な金で見事に細工されており、松の枝には銀の雪が厚く積もり、雪がパラパラと舞っている。鳥の羽や松の葉が一枚一枚克明に象られて、鉄の中に打ち込まれている。松の木の肌には、驚くほど自然に、その模様が浮き出ている。
裏蓋の上には、火を吐く龍が怒ってのた打ち回っている図柄がついている。龍は様々な色合いの金で象嵌され、金で縁取りされた富士山の絵が細工されていた。
この美しい日本の工芸品は、いくら見ていても決して見飽きないほどであったが、私がその真価をほんとうに認識したのは、スペインで最も有名な象嵌細工の工房として知られているトレドの大きな刀剣製造所を訪問してからのことである。
ある日私は象嵌細工をしている部屋に入っていって、ケースを取り出し、職人の長の机の上にそれを置いた。その男は驚きの叫び声を上げてそれを手に取り、一目見るや否や、一言も言わずにそれを持って、もう一つの部屋に入っていった。
五分後に彼は5,6人の男たちを連れて戻ってきた。彼らは方々の部門の長であった。この熟練した職人たちは、半時間ほど拡大鏡でケースを微に入り細に入り調べ上げて溜息をつきながら、今までこれほどの品物を見たことがない、意匠の美しさにおいても仕上げの完璧なことにおいても、これに匹敵する技術をもった者はスペインには1人もいないと言った。
その日以来このシガレット・ケースは、私にとってなお一層貴重な品物になった。
それはその価値に対する私の評価が間違っていなかったことが,ヨーロッパの最高の専門家によって確認されたからである」
「英国人写真家の見た明治日本」講談社学術文庫
ハーバード・ジョージ・ポインティング
英国の写真家。日露戦争に従軍。滞日通算3年。
S・駒井となっているが、下記の駒井音次郎だと思う。
http://www.momat.go.jp/CG/toroku.html
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太刀打ちできない職人芸
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/05 06:47 投稿番号: [34 / 178]
「実際的および機械的技術において日本人は非常な巧緻を示している。そしてかれらの道具の粗末さ、機械に対する理解の不完全を考慮するとき、かれらの手工上の技術の完全なことは素晴らしいもののようである。
日本の手工業者は世界におけるいかなる手工業にも劣らず練達であって、人民の発明力をもっと自由に発達させるならば、日本人は最も成功している工業国民にいつまでも劣っていないことだろう。
他の国民の物質的進歩の成果を学ぶかれらの好奇心、それを自らの使用にあてる敏速さによって、これら人民を他国民との交通から孤立せしめている政府の排外政策の程度が少ないならば、かれらはまもなく最も恵まれたる国々の水準にまで達するだろう。
日本人が一度文明世界の過去および現在の技能を所有したならば、強力な競争者として、将来の機械工業の成功を目指す競争に加わるだろう』
『ペリル提督日本遠征記』岩波文庫
「すべての職人的技術においては、日本人は問題なしにひじょうな優秀さに達している。磁器・青銅製品・絹織物・冶金一般や意表と仕上げの点で精巧な技術をみせている製品にかけては、ヨーロッパの最高の製品に匹敵するのみならず、それぞれの分野においてわれわれが模倣したり、肩を並べることができないような品物を製作することができる、となんのためらいもなしにいえる」
「大君の都(下)」
岩波文庫
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西洋文化の弊害 ギメ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/02/01 16:32 投稿番号: [33 / 178]
『教育を受けた日本人が、自分の国で認めている信仰を恥に思うのは、奇妙なことである。
日本がヨーロッパの思想に関心を寄せるようになったとき、先駆的役割を果たした日本人は、私の考えでは、うわべだけをみて劣等感に陥るという誤りを犯したのだ。
確かに彼らは、まだ蒸気を使用した工場も理工科学校も持っていなかった。しかしなんと素晴らしいものを彼らは持っていたのか。それらを理由なく放棄しているのだ。
日本は日本の風習をあまり信用していない。日本はあまりにも急いで、その力と幸を生み出してきた色々な風俗、習慣、制度、思想さえも一掃しようとしている。
日本はおそらく見直すときがくるだろう。
私は日本のためにそう願っている。』
『ギメ東京日光散策』
雄松堂出版
日本の民主主義も社会主義もヨーロッパから持ち込まれた。前者は個人と個人の命を尊重する。それがテロリストに大金を払い、ソマリア沖派遣では自衛艦に武器制限を課す。
それらは内閣法制局の役人たちが憲法を玉璽の如く奉り、小知恵を絞ったものだ。
後者は、本家の中国が自国民の命をちり芥の如く扱うのを横目で見ながら、やはり個人の命、ことさら外国人の命を自国民のそれに優先させ、自衛隊をして銃弾が飛び交うパキスタンに丸腰でいけという。相手を傷つけてはだめだそうだ。
方や腐った自民党とインテリ役人の共同作業、もう一方は洗脳の解けない教条主義のインテリたちだ。
日本には右派と左派は対立していない。妥協を重ねた結果両者は融合してしまったのだ。出来上がったのはできの良いコメディ並みのいびつ国家で、世界中で嗤われている。中国人までに嗤われている。
ギメの言う「見直すとき」がきているのではないかと、小さな希望は持ってはいるが・・。
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ケーブル博士随筆集
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/29 14:37 投稿番号: [32 / 178]
「しかしそれにもかかわらず、これほどまでに私は再びヨーロッパに帰りたいとの憧憬に燃えているとはいえ、私は重い心をもって日本の地を去ることであろう。
私はこの地の人間が好きである。私は彼らから受けたすべての良きものと、また彼らのあいだで送った二十有五年、これけだし決して軽々にみるべからざるものである!
・・にわたるほとんど曇りなき幸福なる生活に対して彼らに感謝している。かの地に帰っても私はこの地で慣れ来たった様々なもののないのを最初はもの足らず感ずるであろう。私が私の友人や学生から離れがたく感ずるということはもとより解しやすい。が、しかし私はなおまたこの地においてみる種類の人間を、特にここでみる三つの種類の中の一つ、すなわち低い扁平な鼻をもった純蒙古人種的なる、それ自身においては決して美しいとは言われない。しかも私にはきわめて同情のできる、聡明な、快活な、人懐っこい、温情ある、そして同時に抜け目のない人間のみることのできないのが物足りないであろう。
これらの人々は、私は常に自分の側に置いていたいと思う。家人または同居人としては、私は彼らよりさらによき、さらに物静かな、さらに要求するところ少なき、かつ、いずれの点においても気の置けない人間を知らない。彼らが往々我ら(白人)やまた彼ら同士を瞞着したり、欺いたりするようなことがあっても、それも大抵些細なことである、そのくらいのことは言うに足りないのではないか!
そのやり方も、きわめてナイーブである。そうして彼らはその欺瞞的行為を隠蔽したりもしくは弁解せんと努めるようなことはきわめて少ない、それであるから彼らに対して真面目に腹を立てるということは実際できないのである。
それから病人の世話をしたり看病したりするには、日本人は、その親しみある性質と、その辛抱強いことと、その優しい且つ器用な手先のゆえに、まさに理想的に完全なる資格を備えている。
日本人は忘恩だ不審だといって往々非難するものがある。これ私が私の日本においては経験しなかったところである。私はむしろその反対を経験した」
『ケーブル博士随筆集』
ラフェアル・ケーベル
ドイツの哲学者。
夏目漱石、和辻哲郎などの師。帰国前に逝去、雑司が谷墓地に葬られる。
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ペリー提督と松蔭
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/25 09:52 投稿番号: [31 / 178]
「午前二時頃、汽船ミシシッピー号上の夜間当直の士官は、舷側についたボートからの声に驚かされた。そして舷門に行って見ると、すでに舷側の梯子を上った二人の日本人(吉田松陰他)を発見した。話をしかけると、乗船を許されたいという希望を現す手まねをした。(中略)
士官が彼らの現れたことを提督に報告した。提督は両人と相談させるため、及び、時ならざるに訪問した目的を知るために、通訳をよこした。彼らは素直に、自分たちの目的はアメリカに連れて行って貰いたいのであり、世界を旅行し見聞したいという希望を合衆国で充たしたいのだと打ち明けた。(中略)
かれらは教養ある人たちで、支那漢語を流暢に形美しく書き、その態度も丁重できわめて洗練されていた。提督は来艦の目的を知るや、自分は日本人をアメリカに連れて行きたいと思うこと切であるけど両人を迎えることができないのは残念であると答えた。(中略)
この事件は、同国の厳重な法律を破らんとし、また知識を増すために命さえ賭そうとした二人の教養ある日本人の烈しい知識欲を示すもので、興味深いことであった。
日本人は疑いもなく研究好きの人民で、彼らの道徳的ならびに知識的能力を増大する機会を喜んで迎えるのが常である。この不幸な二人の行動は、同国人の特質より出たものであったと信じるし、また人民の抱いている烈しい好奇心をこれ以上によく示すものはない。
ところでその実行は、もっとも厳重な法律と、それに違反させないようにするための絶えざる監視とによってのみ抑えられているのである。日本人の思考がかくの如くであるとすれば、この興味ある国の前途はなんと味のあるものであることか、また附言すれば、その前途はなんと有望であることか!」
「ぺリル提督日本遠征記」
レピート、「日本人の思考がかくの如くであるとすれば、この興味ある国の前途はなんと味のあるものであることか、また附言すれば、その前途はなんと有望であることか!」最後に吃驚マークまでついている。
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日本の子どもは昆虫学者みたいに・・
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/22 05:07 投稿番号: [30 / 178]
日本人は、米国人が米国の動物や植物を知っているよりはるかに多く、日本の動植物になじみを持っているので、事実田舎の子供が花、きのこ、昆虫その他類似のものをよく知っている度合いは、米国でこれらを蒐集し、研究する人のそれと同じなのである。
日本の田舎の子供は、昆虫の数百の「種」に対する俗称を持っているが、米国の田舎の子供は10ほどしか持っていない。
私はしばしば、彼の昆虫の構造上の細部に関する知識に驚いた。」
『日本その日その日』
エドワード・モース
われわれは怒りの感情を大いに表すし、また短慮をあまり抑制しない。彼らは特異の方法でそれを抑える。そしてきわめて中庸を得、思慮深い。』
『ヨーロッパ文化と日本文化』ルイス・フロイス
16世紀来日したポルトガルのイエスズ会の宣教師。長崎で没。
「日本人が編み出した集団生活上の伝統と知恵とは、日本人の性格を、うわべを見る限りは人当たりがよく、温和なものを作り上げることに寄与した。
彼らと比べた際には、欧米人は感情を平気で表に出すという点で、いささか荒っぽく、予測不能で人間として練れていないようにみえる。」
「ザ・ジャパニーズ」ライシャワー
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日本は商人ランド・・・国家ではない。
投稿者: h76432 投稿日時: 2009/01/17 22:13 投稿番号: [29 / 178]
日本は金儲けだけの商人ランドに堕した。
もはや、国家ですらない。
アメリカの属地である。
自主独立、自存自衛のための正確な歴史観すら持ちえぬ4等国に堕した。
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Re: 番外 韓国という国 尻切れごめん
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/17 17:11 投稿番号: [28 / 178]
しかし韓国は、日本が与えた莫大な援助も技術供与もすべてなかったことにしている。恐るべき思考である。
韓国人には『恩』どころではない、彼らには『お陰さまで』と思う心の片々もないのだ。
これは メッセージ 27 (hendazo04 さん)への返信です.
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番外 韓国という国
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/17 17:04 投稿番号: [27 / 178]
韓国中央日報社に下記のような記事が載った。
「米国の巨大自動車会社の没落と回生ドラマを見守りながら、韓国が無視してはならないことがある。 ‘韓国叩き’だ。
‘ビッグ3’の沈没は、誰が何と言っても日本車との競争から始まったものだ。 トヨタはGMを抜き世界最大自動車会社になった。 日本自動車の北米シェアは35%を超えた。 にもかかわらず、どの新聞、どの政治家も日本車を非難しない。 逆に「雇用を創出してくれる企業」という称賛の一色だ。
米国の対日貿易赤字が本格化した1980年代初め、米国社会のあちこちで日本に対する敵概心が強まった。
ドルを持て余した日本企業は、米財界の象徴であるロックフェラーセンターを買収し、米国人の自尊心を刺激した。 その結果、米全域でハンマーで日本車をたたき壊すイベントが相次いだ。
しかし20年以上が過ぎた最近、あれほど激しかった日本叩きは嘘のように消えた。 その代わりに韓国がビッグ3没落の元凶に挙げられ、袋叩きにされている。 米国初の黒人大統領となるオバマ氏は大統領選の遊説で何度も韓国車を攻撃した。 氏は両国間の自動車貿易の不均衡に関し、「これは自由貿易ではない」と不満を吐露した。 親韓派の重鎮であるラングル下院議員も韓米FTAを妨げる要因に韓国車を取り上げた。 全米自動車労組委員長は昨年末、米上院聴聞会に出席し、韓米自動車貿易摩擦を深刻な問題と指摘し、韓国車を非難した。
果たして韓国はこのような非難を受けるほどなのか。 韓米自動車貿易の不均衡は事実だ。 しかし日本も現地生産350万台以外に、自国で生産する200万台を米国に輸出している。 一方、米国から入ってくる車はわずか1万7000台だ。 比率を見ると、自動車貿易の不均衡は日本のほうがはるかに激しい。
現地生産比率をいえば、日本車販売台数全体のうち米国生産費率は63%にのぼる。 しかし現代(ヒョンデ)自動車も主力車種の「ソナタ」「サンタフェ」をアラバマで製造し、現地生産比率は47%にもなる。 日本車ほどではないが、現代車も少なくない。 シェアを見れば韓国車がなぜ主犯にされるのか理解できない。 韓国車がわずか3−4%であるのに対し、日本車は35%に達する。 ビッグ3の没落の主犯がどうして日本車から韓国車に変わったのか。
日本は、議会へのロビー活動にも積極的に取り組み、ワシントン内のトヨタ所属常駐ロビイストは17人もいた。 またヒスパニック系の文盲者をなくす運動など、地域にアピールする社会運動に数百万ドルずつ支援してきた。
数十年間にわたった日本企業の執拗なロビー活動が日本叩きを静めるのに大きな役割を果たしたのは間違いない。 自動車の貿易摩擦が韓米FTAの暗礁になっている今、日本の努力を再確認する必要がある。」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=110054&servcode=100§code=120>米国のどの新聞、どの政治家も日本車を非難しない。
>その代わりに韓国がビッグ3没落の元凶に挙げられ、袋叩きにされている。
>しかし自動車貿易の不均衡は日本のほうがはるかに激しい。
>ビッグ3の没落の主犯がどうして日本車から韓国車に変わったのか。
韓国車がなぜ主犯にされるのか理解できない。
>数十年間にわたった日本企業の執拗なロビー活動が・・。
これは『泣き』か?
こいつら文句言いながら泣くのか。
ま、台所と便所が狭い空間に同居する文化を持つ朝鮮人だ、ウンチしながらでも飯を食う、なんていう技も持っているだろうな。
それにしても、公器たる新聞記事にして、そうしてこう品のない文章が書けるのだろう。『日本企業の執拗な・・』の「執拗」を「活発な」とか『旺盛な』、と言い換えてなんの齟齬もなかろうに。
たまたま前項で、北米市場開拓は、日本が多大な努力と犠牲の元成し遂げたもので、後続の韓国はあらゆる面で日本の恩恵に浴しているはずだと説いた。
かの国に恩を求めるつもりはないが・・とも書いた。
いったい、自動車、鉄鋼、造船と、現在の韓国の位相?は、手取り足取り教えてあげた日本なしでは得られなかったことは疑いのない事実だ。水車も作れない朝鮮工学に何ができたというのか。
われわれは米国に含むところが多々ある。しかし、戦後の米国式自由貿易が今日の日本を築いたことを知っているし、欧米から惜しみない技術供与をうけたことも、それはそれとして感謝している。お陰さまでということだ。
しかし韓国は、日本が与えた莫大な援助も技術供与もすべてなかったことにしている。恐るべき思考である。
韓国人には『恩』\xA4
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 日本人の潜在的工業力
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2009/01/14 22:48 投稿番号: [26 / 178]
素晴らしい話を有難う。
これは メッセージ 25 (hendazo04 さん)への返信です.
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日本人の潜在的工業力
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/14 19:42 投稿番号: [25 / 178]
「物質文明にかんしては、日本人がすべての東洋の国民の最前列に位することは否定しえない。機械設備が劣っており、機械産業や技術にかんする応用科学の知識が貧弱であることをのぞくと、ヨーロッパの国々とも肩を並べることができるいってもよかろう。
したがってわれわれの方としては、知識を充分にもち、より高度な文明を有しているという強みがあり、蒸気と水力による機械をもち、すべての機械設備は驚くほど完全ではあるが、もし日本の支配者の政策がより自由な通称貿易を許し、日本人をしてバーミンガムやシェフィールドやマンチェスター(英国の工業都市)などと競争させるようになれば、日本人もそれらにひけをとらずシェフィールドに迫る刀剣や刃物類をつくり出し、世界の市場でマクリスフィールド(絹生産の産地)やリヨンと太刀打ちできるだけの絹製品や縮緬製品を産出するだろう、とわたしは信じている。
そのさいに、原料と労働力の安価なことは、生来の器用さや技術と相まって、機械の差をおぎなうことであろう。
日本人は中国人のような愚かなうぬぼれをあまりもっていないから、もちろん外国製品の模倣をしたり、それからヒントを得たりすることだろう。中国人はそのうぬぼれの故に、外国製品の優秀さを無視したり、否定したりしようとする。逆に日本人は、どういう点で外国製品がすぐれているかどうすれば自分たちも立派な製品をつくり出すことができるか、ということを見出すのに熱心であるし、また素早い。』
ラザフォード・オールコック
1859(安政六年)日本総領事兼外交代表。四国連合艦隊の下関砲撃を主導。
戦国期と幕末期、ヨーロッパの先進国の諸賢が日本に多く訪れた。戦国時代の宣教師たちはその国のエリートたちだし(独善的で受け入れられるものではないが)高い志を持っていた。幕末に日本を窺った欧州諸国のビジターもそれぞれに国を担う気概を持った者たちだ。出来がちがうのか、さすがである。彼らの日本を見る目の正確なこと、驚くばかりだ。
オーコックは今から150年前日本の工業発展、そして東洋からの、白人文明に対する唯一の挑戦者になることを予見している。
今では世界の主要市場でしかない北米の製造業は当時群を抜いていた。同じ頃の日本は陶器や織物ぐらいしか売るものはなく、逆に欧米はTVも冷蔵庫もクーラーも、次々と作り出していった。
上記を含めたほとんどの製造業は北米から消えた。元凶はオーコックの読みのとおり日本であった。そしていま、最後のアメリカ製造業の総本山ビックスリーが臨終を迎えている。
現在北米市場で韓国のサムソン液晶TVがシェア1位だとか、現代自動車がカーオブザイヤーを受賞したとか、日本メーカーを意識したホルホル記事をよく目にするが、彼らは平らに均した土地に建築資材を持って乗り込んできた無頼漢にすぎない。彼らが北米に乗り込んできたときには、それに対抗するアメリカ製品は日本の製品に敗れてすでに姿を消していたのだ。
日本がとっかかった欧米市場の指導者たちは、蒸気機関を発明し飛行機を開発した白人文明に絶対の自信を持っていた。
たしかにそのとおり、戦後日本製品は安かろう悪かろうの代名詞となり欧米人に嘲笑われた。フランスの首相は訪欧した日本の首相を『トランジスターセールスマン』と小ばかにした。
しかし日本人は隠忍自重、あるいは臥薪嘗胆か、筋を通すには国力が必要で、国力とは経済力だと大東亜戦争で学んだ。
堪えがたきを堪え、極東裁判の判決を受け入れ、アメリカに製品を買ってもらうために防衛さえ委ね、多くの場面でアメリカの外交に追随した。
「まさにお客様は神様」精神だ。
今、アメリカの原子力産業は日本の会社に握られ、また、さまざまな手段を弄して日本の開発を邪魔する航空産業も、どっこい、畑違いといえるホンダやトヨタが加わり、いつかの機会に備えている。離陸すればあっという間に欧米に追いつくだろう。
同様なことは兵器にも言える。いったい日本が本気で武器を開発したらどうなるか。まじに攻殻機動隊やマジンガーZを現出させるだろう。
製造業を叩き潰されたアメリカは苦し紛れに錬金術に励んだが、所詮鉛は金になりえない。いまや金箔は剥がれ落ち、因幡の白ウサギみたいに皮を剥かれて剣が峰に立たされている。
さてさて、大東亜戦争の真の勝者は、誇りある負け戦を甘受した日本といえるのではないか。
話は横道にそれたが、オレが言いたいのは、韓国のホルホルは日本が踏み開いた茨道の後を歩くことの恩恵だということ。かの民に『恩』とかを求める気持ちはさらさらないが、事実はそうことだ。
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日本は…
投稿者: adtwm5bdngjtma 投稿日時: 2009/01/12 22:06 投稿番号: [24 / 178]
国際博覧会の跡地には加盟国の政党が様々いるぞ…しってる。不気味だ。
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読書
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/12 20:25 投稿番号: [23 / 178]
街頭に娘が二人立ちどまって、一冊の本の中の絵を見ている。一人が、いま買ったばかりのものを仲良しの友達に自慢して見せているのだ。その本というのが、ある歴史小説なのだ。もっとも、この国では本はわざわざ買い求めるまでもない。実に多くの貸本屋があって、信じがたいほどの安い料金で本は借りて読めるのである。しかも、こちらからその貸本屋に足を運ぶ必要がない。なぜなら、本は毎日、どんな横丁、どんな狭い小路の奥までも、配達されるからである!
試みにそうした貸本屋を覗いてみるがよい。そこに諸君が見るのは、ほとんど歴史的伝奇小説ばかりである。しかも、手垢に汚れぬまっさらな本などは見当たらない。それどころか、本はどれも手擦れしてぼろぼろになっており、ページによっては何を書いているのか読みとれないほどなのだ。日本の民衆が如何に本を読むかの明白なる証拠である。
読み書きができて本を読む人間の数においては、日本はヨーロッパ西部諸国のどの国にも引けをとらない。(ロシアについてはいうも愚かだ!)
日本の本は、もっとも幼稚な本でさえ、半分は漢字で書かれているのに、それでもなおかつそうなのである。漢字の読み方を一通り覚えるだけでも、3,4年はたちまち経ってしまうというのに!
それなのに日本人は、文字を習うに真に熱心である。この国を愚鈍と言うことができるだろうか?」
「ニコライの見た幕末日本」
日本ハリストス正教会大主教。
1861年来日。1912年東京で永眠。神田駿河台の『ニコライ堂』で知られる。
満員電車の中でも、身を縮めながら本や新聞を読むのが日本の風景であったが今はどうなのか。「日本はない(スカートの風)」などとのタワケタ本を書いた韓国人女性が文中、そんな日本人を笑っている。果たして笑らわれるべき光景なのであろうか。
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三浦按針
投稿者: eggusandot 投稿日時: 2009/01/10 09:50 投稿番号: [22 / 178]
日本はヨーロッパから見ても、魅力的な国だったと思う。だからこそ、ヤンヨースティン、ウィリアムアダムスらも日本を目指す。船長は日本に付いたときには重体で、他の人間を大阪まで連れて行き、イエズス会の進言などにより秀頼によって、死罪になるところを家康は、見所有りと江戸に連れて帰ってしまうのだが、目指してきただけの国であったことを実感する。ただ国に帰ることは出来なかった。自分が帰るつもりで造った船は、スペインのフィリピン総督にやってしまう。ヤンヨースンが、屋敷を構えた場所が、八重洲、ウィリアムアダムスが、造船所として小さな領土(1村250石)をもらった場所が、三浦で、航海士のことを日本語で按針と行ったので、三浦按針という。国際的判断力が非常に優れていると見て、家康は石高と関係無しに、側近にしている。
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生来の善徳と品性
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/10 08:51 投稿番号: [21 / 178]
「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気がつき始める。即ち彼は日本人にすべてを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名に於いて道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいことである。
衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべての自然物に対する愛、あっさりして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情についての思いやり・・・これらは恵まれた階級の人びとばかりでなく、最も貧しい人びとも持っている特長である。」
エドワード・S・モース
大森貝塚の発見者。3年滞日。
キリスト教社会は『人間性悪説』だ。不信に満ち、自分を守ることで精一杯。だから人に優しくできない。しかし、それをキリスト教という慈悲深い教義でなんとか改良しようとする白人社会を、日本人も評価しなければならないだろう。実際、かなり危険なボランティア行動も米欧の人たちは厭わない傾向がある。比べて、今の日本人は、大胆に言えば「命乞食」である。
拉致被害者を奪還するためには、日本の都市にミサイルの何発かを受けても已む無し、という声がなぜ髣髴と沸き上がらないのだろう。
ガス田を約束に違い開発し、その上尖閣諸島を窺う中国になぜ自衛隊を派遣せよ、と言えないのだろう。
日本政府による竹島周辺の海洋調査を韓国は軍艦を並べて阻止しようとしたが、日本は出航しなかった。調査し、妨害されれば竹島問題が周知のこととなり、彼らを海洋裁判に引っ張り出すこともできたのに。
一事が万事、‘多少の金は出すが、われわれの生活は現状維持。他国と揉めるなんてとんでもない!危ないじゃないか!北朝鮮のミサイルが殺す日本人は拉致被害者より多いかもしれないし、もし丸の内に落ちたらその経済的損失は拉致被害者が補償するのか‘などの恥知らずな理論が底流にある。
‘東京裁判を否定したらアメリカ様も怒るではないか。冤罪でも戦争に負けたのだから裁判を受け入れるべきだ‘と敗北主義者は鼻の穴をふくらまし、民衆は経済的損得でそういった論に同調する。
いったい、このレスで紹介しているような、われわれの先人が培った品性ある勇敢な「日本人」が復活するのはいつのことなのか。
ーーーーーー
「子どもの就学年齢はおそらく7歳あるいは8歳だが、かれらはそれだけますます迅速に学習する。
民衆の学校教育は、中国よりも普及している。中国では民衆の中でほとんどの場合男子だけが就学しているのと違い、日本では確かに学校といっても中国同様私立校しかないものの、女子も学んでいる。
日本では、召使女がたがいに親しい友達に手紙を書くために、余暇を利用し、ぼろをまとった肉体労働者でも、読み書きができることでわれわれを驚かす。民衆教育についてわれわれが観察したところによれば、読み書きが全然できない文盲は全体の1%に過ぎない。
世界の他のどこの国が、自国についてこのようなことを主張できようか?」
「エルベ号船長幕末記」ラインホルト・ヴェルサー。プロシャ海軍士官。3年滞日。
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ザビエル
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/07 02:47 投稿番号: [20 / 178]
偶然、エッグサンドさんのレスと同じ人物になった。
西紀千九百四十九年八月の聖母の祝日に、私たちは鹿児島に上陸した。ここは、聖信のパウロ(パウロ・ヤジロー)の故郷であって、私たちは直ちにその家族や知人達から。心からなる歓待を受けた。
そこで私は、今日まで自ら検分し得たことと、他の者の仲介によって知ることのできた日本のことを、貴兄らに報告したい。
先ず第一に、私たちが今までの接触によって知りえることのできた限りにおいては、此の国民は、私が遭遇した国民の中では、一番傑出している。私には、どの不信者国民も、日本人より優れているものはないと考えられる。
日本人は、総体的に、よい資質を有し、悪意がなく、交って頗る感じがよい。
彼らの名誉心は、特別に強烈で、彼らにとっては、名誉が凡てである。
日本人はたいてい貧乏である。しかし、武士たると平民たるとを問わず、貧乏を恥辱だと思っている者は、1人もいない。
彼らには、キリスト教国民の持っていないと思われるひとつの特質がある。−それは、武士がいかに貧困であろうとも、平民の者がいかに富裕であろうとも、その貧乏な武士が、富裕な平民から、富豪と同じように尊敬されていることである。
(略)
日本人の生活には節度がある。住民の大部分は、読むことも書くこともできる。これは、祈りや神のことを短時間で学ぶための、頗る有利な点である。日本人は妻を1人しか持っていない。窃盗は極めて稀である。死刑を以って処罰されるからである。彼らは盗みの罪を、非常に憎んでいる。大変心の善い国民で、交わり且つ学ぶことを好む。
神のことを聞くとき、特にそれが解る毎に大いに喜ぶ。私は今日まで旅した国に於いてそれがキリスト教たつと異教徒たるとを問わず、
盗みに就いて、こんなに信用すべき国民を見たことがない。(後略)
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フランシスコ・ザビエル。
投稿者: eggusandot 投稿日時: 2009/01/06 17:21 投稿番号: [19 / 178]
ザビエルは日本人を、「今まで出会った異教徒の中でもっとも優れた国民」であるとみた。特に名誉心、貧困を恥としないことをほめ、優れたキリスト教徒になりうる資質が十分ある人々であるとみていた。これは当時のヨーロッパ人の日本観から考えると驚くべき高評価である。同時にザビエルが驚いたことの一つは、キリスト教において重い罪とされていた男色(同性愛)が日本において公然と行われていたことであった。
他に、好奇心旺盛で質問攻めにあい、寝る暇もなかったとか、フランシスコザビエルに始まり、江戸時代末期に、ガーディニングがやっと一般化した子などがある。それまで、ヨーロッパでは、城にしか庭園はなかった。
日本では、ちょっとした家でも庭を持ち、長屋でも、ちょっとしたところに花をさすなどしていたのを、次第にまねる様になっていった。岩倉具視らが、明治になってヨーロッパを視察したとき、日本と同じように、何処の家にも花が飾られていた。日本人達は当たり前のように思っていたけれど、ヨーロッパでは、そのすこし前に、家々で、花を飾ることが、やっと完全普及したばかりだったという。
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この特殊な民族
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/02 10:08 投稿番号: [18 / 178]
「日本が、(明治維新を敢行しようとして)かくも多くの新思想と新制度を丸ごと飲み込む能力を、外国人たちはしばしば唖然として驚き眺めるだけであった。
かれらは日本の変貌を皮相と断じ、西欧思想への転向が、はたして永続するかどうかを疑った。この誤解は、彼らが次の二点を理解していないから起きるのであるーひとつは日本人の性格の芯の強さであり、この特殊な民族は古くから学問教育を連綿として続けており、新しい光に直面しても目が眩むようなことはなかったのである。
第二の点は、歴史上の数多くの事例を一つ加えることになるのだが、偉大なる歴史上の変化というものは、決して一朝一夕に起こるものではない。
そして、過去にしっかりと根を張っている国民のみが、将来において花を咲かせ、果実を結ぶことを期待できるのである。
このことを日本の場合も立証している。」
『日本事物誌』
バジール・ホールチェンバレン
英国の日本学者。東大教師。38年滞日。
おまけ、シェリーマン。
『もし文明という言葉が物質文明を指すのなら、日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。』
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シュリーマン 3
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/31 09:45 投稿番号: [17 / 178]
「われわれは高名な豊顕寺で休憩した。寺は、針葉樹、椿、シュロなどの美しい木立に囲まれている。
寺は木造で、屋根は茅で1メートルの厚さに葺かれ、田舎にある日本の寺がそうであるように、屋根の棟にそって百合の花が植えられている。境内に足を踏み入れるや、私はそこに漲るこのうえない秩序と清潔さに心を打たれた。大理石をふんだんに使い、ごてごてと飾り立てた中国の寺は、きわめて不潔で、しかも退廃的だったから、嫌悪しか感じなかったものだが、日本の寺々は、鄙びたといってもいいほど簡素な風情ではあるが、秩序が息づき、ねんごろな手入れの跡も窺われ、聖域を訪れるたびに私は大きな歓びをおぼえた。
白い衣を纏った僧侶たちが、われわれのために扉をいそいで開けてくれた。
かれらは頭を剃りあげ、素足である。床は美しく磨かれ、白木の天井には彫刻が施されていた。白と赤の直径2メートルの紙製の提灯が5張天井から吊るされ、漆塗りの大祭壇は金色の蓮の花で飾られている。
・・略
どの窓も清潔で桟には埃一つない。障子は裂け目のない白紙がしわ一つなく張られている。
僧侶たちはといえば、老僧も小坊主も親切さとこのうえない清潔さが際立っていて、無礼、尊大、愚劣で汚らしいシナの坊主たちとは好対照をなしている。」
シナ人の坊主=無礼、尊大、愚劣、汚らしい。
日本人僧=親切、このうえない清潔。
シナの寺=ごてごて飾り立て、きわめて不潔、退廃的、嫌悪感
日本の仏閣=簡素な風情、漲る秩序と清潔、ねんごろな手入れ、見る度に歓びを与える。
この違いに日本人が気付き始めたのは毒餃子、チベット以降か。
しかし、これはシナ人が特殊というわけではない。世界と比べてみれば、日本が特殊なのである。
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Re: 外国人が見た日本人
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/30 23:50 投稿番号: [16 / 178]
「子どもの就学年齢はおそらく7歳あるいは8歳だが、彼らはそれだけますます迅速に学習する。民衆の学校教育は中国よりも普及している。中国では民衆の中でほとんどの場合男子だけが就学しているのとちがい、日本では確かに学校といっても中国同様私立校しかないものの、女子も学んでいる。
日本では、召使女がたがいに親しい友達に手紙を書くために、余暇を利用し、ぼろをまとった肉体労働者でも、読み書きができることでわれわれを驚かす。民衆教育についてわれわれが観察したところによれば、読み書きが全然できない文盲は全体の1%に過ぎない。
世界の他のどの国が、自国についてこのようなことを主張できようか?」
『エルベ号艦長幕末記』
プロシャ海軍士官
足掛け3年滞日。
「街頭に娘が二人立ちどまって、一冊の本の中の絵を見ている。一人が、今買ったばかりのものを仲良しの友達に自慢して見せているのだ。その本というのが、ある歴史小説なのだ。もっとも、この国では本はわざわざ買い求めるまでもない、実に多くの貸し本屋があって、信じ難いほどの安い料金で本は借りて読めるのである。しかも、こちらからその貸本屋に足を運ぶ必要はない。なぜなら、本は毎日、どんな横丁、どんな狭い小路の奥までも、配達されるからである!
試みにそうした貸本屋を覘いてみるがよい。そこに諸君が見るのは、ほとんど歴史的戦記小説ばかりである。(それが長きに渡った内乱訌争の時代によって養われた、民衆の嗜好なのである。)しかも、手垢に汚れぬまっさらな本など見当たらない。それどころか、本はどれも手擦れしてぼろぼろになっており、ページによっては何が書いてあるのか読みとれないほどなのだ。日本の民衆がいかに本を読むかの明白なる証拠である。
読み書きができて本を読む人間の数においては、日本はヨーロッパ西部諸国のどの国にも退けを取らない。(ロシアについては言うも愚かだ!)
日本の本はもっとも幼稚な本でさえ、半分は漢字で書かれているのに、それでもなおかつそうなのである。
漢字の読み方を一通り覚えるだけでも、3,4年はたちまち経ってしまうというののに!
それなのに日本人は、文字を習うにまことに熱心である。」
ニコライ
1912年東京で永眠
神田駿河台のニコライ堂で知られる。
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H・シュリーマン 2
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/27 11:21 投稿番号: [15 / 178]
「日本人が世界で一番清潔な民族であることは異論の余地がない。どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、町のいたるところにある公衆浴場に通っている。
しかも気候が素晴らしい。いつも春の陽気で、暑さにうだることも、寒さを嘆くこともない。しかし、にもかかわらず日本には他のどの国よりも皮膚病が多い。疥癬を病んでいない下僕を見つけるのに苦労するほどだ。この病気の原因を探るのには実に苦労した。色々見聞したところから推量するに、唯一の原因は、日本人が米と同様に主食にしている生魚(刺身)にあると断言できると思う。
浴場は道路に面した側が完全に開放されている。名詞に男性系、女性系、中性系の区別を持たない日本語が、あたかも日常生活において実践されているかのようである。
夜明けから日暮れまで、禁断の林檎を齧る前のわれわれの祖先と同じ姿になった老若男女が、いっしょに湯につかっている。
彼らはそれぞれの手桶で湯を汲み、ていねいに体を洗い、また着物を身につけて出て行く。
[なんと清らかな素朴さだろう!]初めて公衆浴場の前を通り、3−40人の全裸の男女を目にしたとき、私はこう叫んだものである。
私の時計の鎖についている大きな、奇妙な形の紅珊瑚の飾りを間近に見ようと、彼らが浴場を飛び出してきた。誰にとやかく言われる心配もせず、しかもどんな礼儀作法にもふれることなく、彼らは衣服をつけていないことに何の恥じらいも感じていない。その清らかな素朴さよ!
(女性の感性による政治的影響について)日本の権力者たちは、長い経験と人間性についての洞察によって、ある完全な答えを得ていたに違いない。彼らは、公衆浴場で民衆が自由にしゃべりたいことをしゃべっても、国家安泰には一向に差し支えないと、判断したのである。
日本政府は、売春を是認し奨励するいっぽうで結婚も保護している。
正妻は一人しか許されず、その子供が唯一の相続人となる。ただし妾を自宅に何人囲おうと、自由である。
貧しい親が年端も行かぬ娘を何年か売春宿に売り渡すことは、法律で認められている。契約期間が過ぎたら取り戻すことができるし、さらに数年契約を更新することも可能である。
売春婦は、日本では、社会的身分として必ずしも恥辱とか不名誉とかを伴うものではなく、他の職業と比べて何ら見劣りすることのない、まっとうな生活手段とみされているからである。娼家を出て正妻の座につくこともあれば、花魁あるいは芸者の年季を勤め上げたあと、生家に戻って結婚することも、ごく普通におこなわれている。
娼家に売られた女の児たちは、結婚適齢期までーすなわち12歳までーこの国の伝統に従って最善の教育を受ける。つまり漢文と日本語の読み書きを学ぶのである。さらに日本の歴史や地理、針仕事、歌や踊りの手ほどきを受ける。もし踊りに才能を発揮すれば、年季があけるまで踊り手として勤めることになる。」
シュリーマンは「ある民族の道徳性を他の民族に比べて云々することはきわめて難しい。」といっている。
西欧的規範にとって男女混浴などはとんでもない話で、これではヌーディストクラブが町中にあるようなものである。シュリーマンはこれを[淫]と見ず人類が失った「素朴」とみた。これはあらゆる点から見ても正論である。
日本社会には「夜這い」や「暗闇祭り」などの慣習があったことに見られるように、われわれの先祖の庶民階級では、西欧的規範が押し寄せた明治まで、かなり奔放な性道徳を受け継いできたのではないか。
しかし、そのシュリーマンも西欧宗教的感覚はどうにもならないようで、ある日芝居見物に出かけ、その出し物が軽喜劇の色物だったらしく、
「もし日本人がみだらなシーンに気分を損ねるような観客であったならば、幕が下りるまでとても耐えられなかったろ(自分は耐えられなかった)。劇場はほぼ同数の男女の客でいっぱいで、誰もがこのうえなく楽しんでいるように見えた。男女の混浴どころか、淫らな場面を、あらゆる年齢層の女たちが楽しむような民衆の生活の中に、どうしてあのような純粋で敬虔な心持が存在しえるのか、私にはどうしてもわからない。」
と首をかしげている。
これは、「不純」が「素朴」をみるとき生じる矛盾でしかない。
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H・シュリーマン 1
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/24 09:09 投稿番号: [14 / 178]
「上海から蒸気船北京号に乗り、日本の横浜に向かった。
快適な旅の後、日本で最初の、小さな岩ばかりの島が見える地点に到達した。私は心踊る思いでこの島に挨拶した。(鹿児島鳥島)
これまで方々の国で色々な旅行者に出会ったが、彼らは皆感激しきった面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れてみたいという思いに身を焦がしていたのである。
船は美しい景観を見せる九州本島に沿って進んだ。山並みが海岸線に迫り、熱帯の鬱蒼とした樹々に覆われていた。
・・有名な富士山を望む。万年雪に覆われた山頂が遥か雲の上に聳えている。江戸湾に入り、午後10時、横浜港に投錨。
翌日私は上陸のため早起きした。甲板にのぼると、自分がもはや中国にいるのではないということを実感した。中国では、蒸気船が入港するたびに、舳に二つの大きな目玉をつけたペンキ塗りの汚い小船が群がってきて、船を囲んでしまう。小船を操るのはいつも、赤ん坊を入れた籠のようなものを背中にくくりつけた女が二人とか、辮髪をくるぶしまで垂らした男と幼児を背負った女とかであった。
ところが、ここでは屈強な男二人を乗せた小船が一艘浮かぶだけである。
彼らはからだじゅう、首から膝まで赤や青で、龍や虎、獅子、それに男女の神々を巧みに入れ墨しており、さながらジュリアス・シーザーがブルトンジンについて語ったところを髣髴させる。
私が小船に荷物を持って乗り移ると、二人の男は、長い櫓を使って漕ぎ出した。
船頭たちは私を埠頭の一つに下すと、四天保銭を請求した。これには大いに驚いた。これではぎりぎりの値ではないか。シナの船頭たちは少なくともこの四倍は吹っかけてきた。
ほとんどの人足の身体、とりわけ手足は[かさぶた]で覆われており、ひどい疥癬にかかっているのが見てとれた。
税関では二人の官吏がにこやかに近づいてきて、オハイヨと言いながら、地面に届くほど頭を下げ、30秒もその姿勢を続けた。
次に、中を吟味するから荷物を開けるように指示した。荷物を解くとなると大仕事だ。できれば免除してもらいたいものだと、官吏二人にそれぞれ一分ずつ出した。ところがなんと彼らは、自分の胸を叩いて‘ニッポンムスコ‘(日本男子?)と言い、これを拒んだ。日本男子たるもの、心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである。おかげで私は荷物を開けなければならなかったが、彼らは言いがかりをつけるどころか、ほんの上辺だけの検査で満足してくれた。一言で言えば、大変好意的で親切な応対だった。
彼らはふたたび深々とおじぎをしながら、「サイナラ」と言った。]
いわずと知れたドイツのアマチュア考古学徒。トロイ、ミケナイ遺跡を発掘。1864年来日、3ヶ月滞在。
文中、「これまで方々の国で色々な旅行者に出会ったが、彼らは皆感激しきった面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れてみたいという思いに身を焦がしていたのである。」とあるが、この一文でわかるのは、すでに日本を訪れた経験のある人たちは皆例外なく感激して、日本というところは如何に素晴らしいか、心を込めて語っているということである。
それは、西欧諸国の独善と欺瞞に満ちた[先進文明社会]を遥かにしのぐ道徳性の高い国民がいたという事実であろう。(いた、という過去形にしなければならないのか・・)
それが西欧人には今でも昔でも許容できない。彼らは素直に他者から学ぼうとせず、欺瞞という幕ですべてを覆い隠し、その上に自分たちの物語を描いている。それが極東軍事裁判であり、日本に対する贖罪意識の強要である。彼らは欺瞞という毒酒に酔ったままでいるのだ。
もちろん民族性は歴史で作られる。となりの韓国人が日本と同じような平和な島国で生まれ育まれたとしたら、彼らも道徳性の高い民族になったなんてことは有り得ないが、それは日本人の責任ではない。長じるとエラが張り出てきたり、強姦率の異常に高いのは、仏教で言う[業]であろう。代を重ねても消えない業である。唯一の解決は日本人と混交することであるが、それは日本人の資質を著しく落とすことになるので断固防がなくてはならない。
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宣教という名の・・
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/18 10:37 投稿番号: [13 / 178]
「私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができます。なぜなら、国民は非常に高貴かつ有能にして、理性によく従うからです。もっとも、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きでしょう。なぜなら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛かつ貧しい故に、求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからです。しかしながら、支那において陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時とともに、非常に益することになるでしょう。それゆえ日本の地を極めて重視する必要があります。」
イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ
1582年、日本に3年ほど滞在。フィリッピン総督のフランシスコ・デ・サンデに出した書簡。
これは神という名の悪魔同士の会話です。
聞くべきところは、彼が日本征服を推奨しない(やたらめずらしい事象、ほとんどは武力制圧)理由にする日本の武力である。
弱いと目されれば侵略されていただろう。今中国の軍事力増強を見て、肝に銘ずべきは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意 した。」などの、世にもけったいな甘言ではなく、敵の開戦決意をくじく健全な軍事力の保持であろう。それには経済的に負担の少ない核戦略が有効だ。
とまれ、やつらは隣の大国シナに対してこう考えていた。
1. 支那人全体をキリスト教徒に改宗させることは、主への大きな奉仕である。
2.それによって全世界的に陛下の名誉が高揚される。
3.支那との自由な貿易により王国に多額の利益がもたらされる。
4.その関税により王室への莫大な収入をあげることができる。
5.支那の厖大な財宝を手に入れる事ができる。
6.それを用いて、すべての敵をうち破り、短期間で世界の帝王となることができる。
「私の考えでは、この政府事業を行うのに、最初は7千ないし8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分でしょう。〈中略〉日本に駐在しているイエズス会のパードレ神父たちが容易に2〜3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるでしょう。彼らは打ち続く戦争に従軍しているので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1エスクード半または2エスクードの給料で、嬉々としてこの征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するでありましょう。」
フランシスコ・カブラル
1570年―81年まで日本でイエズス会日本布教長を努めた。1584年、スペイン国王宛の書簡。
5の=支那の厖大な財宝を手に入れる事ができる。ですが、スペインはすでにアステカ、インカという地域帝国を滅ぼし、その財宝を略奪し放題、本国は栄華を誇った。つまり中国の財宝で世界制覇ができると説き、中国の武力制圧に勇猛な日本人傭兵を当てがおうとしている。
ま、こういう姿勢が日本を鎖国に走らせ、ために開国まで日本を記した外国文書がほとんどなくなってしまった因なんですけど。
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Re: 悔いなき永住、 トピ主どん。
投稿者: kankoku_ankoku 投稿日時: 2008/12/17 09:56 投稿番号: [12 / 178]
あんど_騒_音がなんか逝ってるが気にするな。
惜しむらくは、チョイチョイミスタッチ等もみられる。
慌てず良く読み返してから投稿してくれ。
ちなみにTOPIを変換すると
トピ←丸でTOBIと打ったようになるのは仕方ない。
and_so_on1よ、悪気は無かった、俺のパソコンは結構
捻くれとって、そうおんで変換したら最初に出たのが
騒音だった。
面白いからそのまま使っただけだ。他意は無い。
それから、美しい話、所謂美談というものに縁のない
三国人がたまにチャチャを入れとるが気にするな。
hendazoもたまに変な事を言ってつつかれる時があるが、
細かい事は気にするな。
重箱の隅をつつくという日本語もあるくらいだ。
そう言う事はひねた暇人に任せておけ。
おおらかな気分で、ゆっくり書けばよい。
俺は結構楽しみにしているんだぞ。
これは メッセージ 11 (hendazo04 さん)への返信です.
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悔いなき永住
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/17 09:05 投稿番号: [11 / 178]
「日本の警察がいかに賞賛すべきか、彼らがいかにもの静かで威厳に満ち、しかもいたる所にいてくれるか、あなたには想像できないでしょう。
とにかく、少しでも困ったことがあれば、いつでも手近にいて声をかけることができます。しかも愛想がよいのです。
私の考えでは、その愛想のよさは、日本人と、(役所以外の)イタリア人だけに独特のものであると思われます。」
「英国公使夫人が見た明治日本」
メアリー・クロフォード・フレイザー
1851−1922
1888(明治21)―1894滞日。夫の墓は青山墓地。
「私は予想より遥かに永く日本に滞在した。どうして?理由は多くて、一つ一つ挙げきれない。まず戦前は外国人にとって生活がやさしかった。われわれは、いろいろな所に旅行することができた。日本では四国以外はほとんど全日本を旅した。
日本へ私をとどめた理由は、日本人の親切な性格である。私は誰にも恨みをかんじたことがなかった。(中略)
思い浮かぶままに記してみたが、結論として私はこういわなければならない。二十余年間日本にとどまったことに悔いを感じていないと。そして、もし祖国フランスに帰るならこの「日の昇る島」ですごした年月をいつまでも歓びをもって思い起こすであろうと。』
「東京のシルエット」
ノエル・ヌエット
フランスの詩人。1885−1969
1947(大正15)年静岡高等学校講師として来日。東大・早大・学習院などでもフランス語、文学を教えた。
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日本人の正直
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/16 14:47 投稿番号: [10 / 178]
「青山における最初の飛行の翌日、余は一円紙幣を封入せる一通の書面を受け取った、書面の趣は、発信人は自分の屋根から余の飛行を見物した、しかし相当の入場料を払わずに見物することは穏当でないと思うというものであった。
その後、なお幾つかの同様の書面がきた。
米国において数百万の人々は相当の入場料を払わずに世の飛行を見物した。すなわち飛行場以外のところから余の飛行を見物した、しかし一人として場外から見物したからというて入場料を払うとした者はなかった。
余は金円を封入せるかかる書面を受け取って、一方ならず喫驚した、そしてこの正直なる人々の意志を尊敬すると同時に亦、意外の感に打たれざるを得なかった。
正直はいずれの国においても教えられる、我われ凡ては幼少のときより正直であるべく教えられた、しかし余は聞かんことを願う、日本以外他のいずれの国民が自分の屋根から余の飛行を見たときに果たして金を送ってよこすだろうかと、否、余は他の国民が金を送ってよこすほど正直ではあるまいと思う。
国民をしてかくも厳密に正直ならしめたるは、是れ、日本の教養の至高至深なる所以である。
しかし余はこれら、深切にして正直なる人々の手紙に封入して送付せる金を納めることは出来なかった、而して全部これを返送した。ただ、その書面は日本国民の修養ならびに正直なる観念の、如何に日本において高くあるかを証明する証拠として秘蔵しつつある。」
アート・スミス
1892−不明
アメリカの曲技飛行家
1916(大正5)年来日。
4ヶ月の滞在期間中に各地で公演、日本人を驚嘆させた。
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アメリカン・ジョーク
投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2008/12/15 18:51 投稿番号: [9 / 178]
我々は日本の主要都市を爆撃して灰燼に帰し、ヒロシマ・ナガサキに原爆を落として再起不能にしたが、日本は戦後20年足らずでオリンピックを開催するほどの発展を遂げた。
しかるにたった30年ほど韓国を支配した日本は、一体どんな攻撃をしたのだろうか。
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Re: 外国人が見た日本人
投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2008/12/15 18:38 投稿番号: [8 / 178]
>とりあえず政治的バイバスのない来日外国人の話を聞いて、
多分、バイヤスと言いたかったのだろう・・・w
ガイシュツかな?
>バイパス【bypass】
1 交通量の多い市街地の道路の混雑を避け、車を迂回(うかい)させるために設ける道路。2 血管に閉塞(へいそく)部が生じたとき、手術によって人工血管や本人の静脈を用いて作る側副路。「―手術」
バイパス‐ぎょうしゃ【バイパス業者】
電話の大口利用者に専用線を引き、長距離電話会社と接続したり、全て専用線を使うなどして、市内電話会社の回線網を使わずに安い通話サービスを提供する業者のこと。
バイパス‐コース
《(和)bypass+course》迂回(うかい)コース。わき道コース。
ところで、みたとおり、バイパスなんだが、なぜか最近トピをトビと言う御仁がある。
PとBの識別不可能なのだろうか。
普通の日本人なら可能のはず。と言うことは、害人でっか?w
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日本人の民度
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/15 18:05 投稿番号: [7 / 178]
「村の中で子供達が我われの後を追ってきた。赤子をおぶった子も大勢いるが、彼らは平気で道を往来し、仲間の子らと一緒に遊んでいる。女性たちは概ね上半身裸のまま仕事の手を休め、我々の通行を眺めている。
我々が「オハヨー!サヨナラ!ボン・ジュール!アデュー!」と言うと、彼らも丁寧に挨拶を返し、中には大地に跪く者さえいた。そしてみんなで大笑いするのだ。笑いは日本人の礼儀作法の一つである。
道すがら出会う人々はみな気持ちがよく、顔に笑いをたやさない。」
「ボンジュール・ジャパンー青い目の見た文明開化」
エドモン・コトー
1833−1896
フランスの旅行記作家。1881(明治14)年、3ヶ月間日本各地を旅行。
「一つのことが、この国の巷で目に付く。街には人があふれているが、いっこうに騒々しくはない。人々は大声で話すのを知らないかのようである。日本では子供でさえ泣きわめかないということだが、ここに来てから、一人の子供も泣き叫んでいるのを見かけない。
街を自動車で行くとき、ときどき手押し車などに道を妨げられることはあるが、そんなときでも車の運転手は静かに道が開くのを待ち、互いに罵り合ったり、大声で叫んだりすることはない。通りで不意に自転車が車の前にとびだしてきて、倒れそうになったとき、私たちの国の運転手だったらそんなとき、自転車の人に不必要な罵詈を浴びせかけずにはおかないだろうが、ここでは、人々はそんなことは気にもかけない。当地に住むベンガル人に聞いた話では、自転車どうし、または自動車と自転車が衝突して血を流すようなことがあっても、双方は大声を出してわめくことはなく、服の塵をはらって立ち去るそうである。
これが日本の力の拠って来たる根源であると、わたしは考える」
『タゴール著作集
日本紀行』
ラビンドラナート・タゴール、1861−1941
インドの文学者。ノーベル文学賞受賞。1913(大正2)年以後4回来日。
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外国人から見た日本=うざいニートウヨ国家
投稿者: cbsnn725 投稿日時: 2008/12/13 18:03 投稿番号: [6 / 178]
とにかく歴史認識おかしい
逆キレする侵略海賊大国日本
謝罪はまったくしない
政府は謝罪しながら閣僚や高官は違うことをいう糞国家
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日本人と微笑み
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/13 17:50 投稿番号: [5 / 178]
「人力車に乗って田舎を通っている間に、徐々に気がついたのは、垣根や建物を穢くする記号、引っかき傷、その他が全然ないことである。
この国には、落書きの痕をさえとどめた建物が、一つもない。
しかも労働者達は、わが国のペン、あるいは鉛筆ともいうべき矢立を持って歩いているから自分の名前や、気に入った文句や、格言を書こうと思えばいくらでも書けるのである。私はこのことを、わが国の人々のこの点に関する行為と比較せざるを得なかった。わが国の学校その他の建築物が汚れていることは、この傾向を立証している。」
「その傾向」とは民度のことか。
エドワード・シルヴェスター・モース
アメリカの動物学者。1877(明治10)年に腕足類を研究するために来日、東大に初めて生物学講座を開く。ダーウィンの進化論を日本に紹介し、大森貝塚を発見。
「一見してどんなに魅力的であっても、オデオン座で上演されたジュディト・ゴーチェ夫人の日本を主題にした作品に彼女がつけた『ほほえみを売る少女』という題名をよいと思ったことはまったくなかった。(夫人はフランスの詩人・小説家・劇作家で、この戯曲は1888年の作。)
日本のほほえみは、売られるのではなくて、ただで与えられるものなのだ。それはすべての礼儀の基本になっていて、生活のあらゆる場で、それがどんなに耐え難く、悲しい状況であっても、このほほえみがどうしても必要なのである」
フェリックス・レガメ
1844−1907.フランスの画家。1876年にエミール・ギガとともに来日。23年年後の再来日。
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馬子
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/11 13:23 投稿番号: [4 / 178]
「ヨーロッパの多くの国々や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の被害を受けるまではいかなくても、無礼や侮蔑の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金を取られた例もない。群衆にとり囲まれても、失礼なことをされることはない。
馬子は、私が雨に濡れたり、びっくり驚くことのないように絶えず気をつかい、革帯や結んでいない品物が旅が終わるまで無事であるように、細心の注意を払う。
旅が終わると、心づけを欲しがってうろうろしていたり、仕事を放り出して酒を飲んだり雑談をすることもなく、彼らは直ちに馬から荷物を降ろし、駅馬係から伝票をもらって、家へ帰るのである。
ほんの昨日のことであったが、革帯がひとつ紛失していた。もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。彼にその骨折り賃として何銭かあげようとしたが、彼は、旅の終わりまで無事届けるのが当然の責任だ、と言って、どうしてもお金を受け取らなかった。
彼らはお互いに親切であり、礼儀正しい。それは見ていても大変気持ちがいい。」
イザベラ・バード
1831-1904 英の女性世界旅行家。1878年5月に来日、東北・北海道を旅行し、同年12月に帰国。1894年から翌年にかけてふたたび滞日した。
これと同様の逸話を他国で聞くことができるのか??
この民度は第一級!
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向島
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/09 10:08 投稿番号: [3 / 178]
次の文章から、私たちは100年前の東京向島の花見を脳裏に浮かべることができるだろう。達人なら脳内スリップで堤に立つことができる。
ま、なにもできない人もいるだろうけど。
「隅田川沿岸の向島に遠乗りした。ここは今日、民間の祭礼の特徴をあますところなく示している。向島は、だいたい散在した村落といっていいような所だが、川の左岸にあって、かなり水際に接して延びた長い堤によって水害を防いでいる。
この堤に桜が植えてある。右側平地には茶屋、寺院、美しい庭のある民家がつらなっている。桜の花の時期はまた、向島の華やかな季節でもある。全東京市民が向島巡りをやるのだ。
そして、今日の日曜日こそ、まさにそのクライマックスである。せいぜい4㍍の幅しかない堤の上をうごめく人の群れは、目を疑うほどだ。
われわれは馬で行ったのに、人力車と同様、極めてゆっくりとしか進めなかったが、それでもすっかり満足だった。というのは、高い位置による大きな利点により、周囲の見晴らしを存分にたのしむことができたからである。まあ、なんという眺めだろう!
左手には春の太陽に輝く大きい流れと、滑るように走る無数の小船、頭上には本当に小枝も見えないほどぎっしり花で覆われた樹木、足もと一帯には色とりどりの人の群れ、しかもこれらの人々が、今日の日曜日は平日とすっかり違っているのだ。日ごろあまり美しいとは思えない女の人たちが、今日はこうまで魅力的なのだ。−殊に、鮮やかな絹の着物、風雅な変化に富む色彩の配合、白く化粧した顔、きらきらする髪飾りのごく若い娘たちがそうだ。
それに、入り乱れて行きかうすべてが、なんと静粛で整然としていることだろう。乱暴な行為もなければ、酔漢の怒鳴り声もしないー
行儀のよさが骨の髄までしみこんでいる国民だ。」
「ベルツの日記・第一部(上)明治12年4月6日の項」
ドイツの医学者。1896(明治9)、日本政府の招聘で来日。東京医学校(東大医学部の前身)教師となり、以後30年間滞日して「日本近代医学の父」と呼ばれる。
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Re: 外国人が見た日本人
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/08 20:00 投稿番号: [2 / 178]
「「日本の家屋は紙と華奢な木で造られているのに、泥棒が少ない。
われわれが住んでいた野毛山(横浜市)は人里はなれた場所で、住んでいる人が外国人であれば、盗人が侵入しても仕方なかったのだが、いろいろな物を置いていたにもかかわらず、実際には、機械も書籍も衣類もお金も一番無意味なものまで盗まれることはなかった。
幾度か単身で、武器も持たず、見ず知らずの人力車不に案内されて、夜間、それもどこかで祝祭があったので遠く人里はなれたところまで、その習慣を観察するために、市内を駆け回った。
しかし、暴力沙汰に遭遇したこともなければ、侮辱を受けたこともなかった。
何の被害も受けずに、このような振る舞いができる国など世界のどこにあろうか。」
「ディアス・コバルビアス日本旅行記」
1833〜1889.メキシコの天文学者。明治7年にメキシコ・米・仏の天体観測隊とともに金星の太陽面経過観測のために来日。野毛山の観測所で成功を収め翌年帰国。
「我われが通過した村々では、隊長も村民も、概してわれわれに親切にしてくれた。村に入るときや、また出発のときはどこでも我われ見ようとして集まった老若男女に取り囲まれた。しかし誰一人としてわれわれに侮辱を加えたり嘲笑したりする者はなく、みんなおよそ同情のまなざしで見、中には心から憐憫の情を浮かべるものもあり、殊に女たちにそれが多かった。
我われがのどの渇きを訴えると、先を争って世話をしようとした。
我われに何かご馳走したいと護送兵に願い出るものがたくさんいて、許可を得るや否や、酒や菓子や果物やそのほか何かと持ってきてくれた。隊長たちも一再となく上等の茶と砂糖をよこしてくれた。」
「日本俘虜実記(上)」
ワシーリイ・ミハイロヴィッチ・ゴロウニン、1976~1831
ロシアの海軍下士官。ディアナ号館長として千島列島測量中に国後で部下6名とともに捕らえられ、松前に護送監禁され、2年3ヵ月後に高田屋嘉兵衛と交換で帰国した。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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外国人が見た日本人
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/12/08 08:27 投稿番号: [1 / 178]
誰も新トピック作らないなー。不景気で気もそぞろなんかな。
まあ、売り本からの受け売りだけど、いろいろ残っている文章を掲載してみよう。
アメリカを始め連合国プラス韓国が、日本人の精神上の国体を貶め、世界諸国にとって害悪とさえいう。笑止千万なり。
終戦まで私たち日本人は、驕らず媚びず、正義感の強い、そして洗練された平民文化を誇っていた。今から100年前、世界のどの国が日本以上の倫理観を身につけていただろうか。
「朝までテレビ」のアンケートで田母神論文を支持するものが70数%、反対が30%だった。水面下で日本人は復活しつつある。それを表に出すまいと踏ん張る社会派の政治家、マスコミの売国的誘導を粉砕し、美しい日本の再生を強く願い、努力しよう。
朝日新聞は大幅赤字に陥った。金将軍はヨイヨイになり、体内物のすべてをたれ流し状態でうんうんうなってる。トロも美女も今の彼にとっては無価値だ。
諸行無常、親中韓の怪しげな宗教団体トップのお迎えも近い。あそこは頭がいなくなりゃカッパの川流れ、霧消するのが必然。
とりあえず政治的バイバスのない来日外国人の話を聞いて、つい最近まで日本人が矜持としていたものを偲ぼう。
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