勝家と利家
投稿者: rie2377 投稿日時: 2011/01/15 07:00 投稿番号: [5817 / 6355]
リクエストを頂いた勝家と利家を
にわか仕立てでどうなりますか^^
勝家と利家
天正二十年、織田家の当主織田信秀が急死
嫡男、信長が跡目を継ぐ
しかし生母土田御前は素行の荒い信長を
嫌い、穏やかな弟信勝を溺愛
これに同調した重臣柴田勝家、林道勝らは
信長排除の動きを見せる
勝家が口上を述べる
御台様、織田家の跡目はいずれ信勝様に
なりましょう、暫しの御辛抱を
頼みましたぞ、勝家殿
織田家は両派に分かれ、互いに敵対する
弘治二年信勝派が挙兵、両者は稲生原で激突
これに敗れた信勝等は捕らえられ幽閉の
身となる
勝家も剃髪して謹慎、死を覚悟の蟄居であった
信長が詰問する
勝家、此度の所業不届き至極
委細あらば申してみよ
はっ
総て不肖勝家の失態でござる
何卒、死を賜りますよう
ならぬ、そちは余の側で仕えよ
意外な信長の言葉であった、信長は勝家の
度量を高く評価していたのである
豪胆にして戦さ上手、織田家にとって欠かせない
人材と見ていた、信長にはこういう一面があった
百姓上がりの秀吉や、浪人の光秀を重用したのも
出自や過去に囚われない実力主義と言っていい
この後勝家は、終生信長に忠誠を誓う事になる
時は下って信長の天下統一が間近に迫っていた
前田利家は勝家の与力となり共に戦さ場に
赴く事が多かった
おやじ殿、戦勝おめでとう御座る
うむ、そなたも大儀であった、礼を言うぞ
しかし、信長が本能寺で変死を遂げると
二人の間にも微妙な変化が起きてくる
秀吉が謀反人光秀を討ち果たし、勝家と
対峙するようになったからである
利家は難しい立場に追い込まれる
秀吉は若い頃からの朋輩、言わば兄弟同然
勝家は親とも変わらぬ恩人
どちらに付いても
禍根が残る
両者が激突した賤ヶ岳では、思い悩んだ末
戦いには参加せず兵を引いた
北の庄にて勝家お市の方自決、これを聞いた
利家は痛恨の思いであったろう
おやじ殿、お方様
許されよ!
あり日しの二人の面影が脳裏を横切ったに
違いない
戦いの後、秀吉と利家は対面する
秀吉も利家の苦衷はよく判っていた
又左、此度は辛い思いをさせた
されど、これはこれ、
この後は共に手をたずさえ、天下を
目指そうではないか
藤吉朗!
秀吉は利家の手を取り何時までも離そうと
しなかった
秀吉にとって利家は特別の存在であり
二人の友情
絆は秀吉が死去するまで
変わる事はなかった
多くの武将の信頼を得た前田利家
あの家康も一目置かざるを得なかった
これが前田家を存続させ、江戸時代を
通じて大大名として北陸に君臨させた
一因と言えそうである
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.
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