賤ヶ岳の七本槍
投稿者: rie2377 投稿日時: 2011/01/09 08:25 投稿番号: [5811 / 6355]
大河ドラマも始まるようで、久し振りに戦国物を
賤ヶ岳の七本槍
山崎の合戦で明智光秀を討ち破った秀吉は
着々と力を蓄え天下取りに向けて
勢力を拡大していった
その秀吉の前に、立ちはだかったのが
柴田勝家であった
元はと言えば雑兵に過ぎなかった秀吉が
次第に勢力を増すにつけ、勝家は苛立ちと
焦りを感じていた
勝家の口上は決まっていた
猿めの思い通りにはさせぬわ
その勝家と秀吉は清洲城で激しく対立する
織田家後継を巡って、互いの思惑がぶつかり合う
勝家は三男、織田信孝を推す
信孝様、御年頃も申し分なく
力量、並々ならぬ物あり
対して秀吉は、今は無き嫡男信忠の一子
三法師を主張する
筋目から申さば、三法師様こそ
御適任と存ずる
勝家は、信孝の元服にも立ち合うほど
親密であった 言わば親子の関係に近かった
一方秀吉は、まだ幼子(おさなご)の
三法師を擁して 我が意を叶えようと
していたのである
対峙する二人に割って入ったのが、丹羽長秀で
あった
柴田殿、この論議、秀吉に分ありと存ずる
光秀を討った秀吉の言い分、聞くが筋かと
秀吉と長秀は事前に密議を済ませており
秀吉が天下を握れば、長秀には所領安堵の上
加増が約束されていた
これで、跡目は三法師と決まる
収まらない勝家は難題を突きつける 秀吉の所領
長浜を譲るよう迫ったのである 秀吉は
意外にもあっさり承諾する
何程の事もなし、仰せの如く
ここは勝家の顔を立て、一旦引き渡して
後々取り戻す腹積りであった
天正十年十二月、秀吉は勝家の養子
柴田勝豊が守る長浜城を攻め入城
再び長浜城主となる
これを聞いた勝家は激怒し、ついに打倒秀吉を
決意する、秀吉嫌いのお市の方にこう述べている
秀吉が首取るは、卵を割るより易き事
しかし越前は雪に覆われ、雪解けを待つ他は
なかった
明けて天正十一年二月、雪解けを待たず勝家は
越前を出発、対する秀吉も出陣し北陸街道に
柵を設け両軍は賤ヶ岳で睨みあう
対峙する事ひと月余り、突如秀吉は大垣城に
兵を引く、これは秀吉が仕掛けた罠であった
この戦さ 先に動いた方が負ける
秀吉はそう確信していた
僅かな手勢のみとなった秀吉軍に、勇躍勝家軍が
襲い掛かる
いざ押し出せー! 一気に踏み潰せ!
防御の兵を蹴散らし、敵陣深く攻め入ったのである
これを聞いた秀吉は上機嫌であった 秀吉が
罠に掛かった獲物を逃す筈もなかった
柴田権六勝家、敗れたり!天運我にあり
皆の者、賤ヶ岳に進撃せよ!
オオー!
大垣城を後にした秀吉軍は、疾風の如き速さで
賤ヶ岳に舞い戻った、この間僅か五時間
あの中国道大返しの再現であった
いかに天魔が如き秀吉でも
明朝までには戻るまい
油断した勝家軍は寝込みを襲われ、秀吉軍の
怒涛の進撃の前に敗れ去った
それは余りにあっけない幕切れであった
豪胆の勝家、知略の秀吉の戦いは秀吉に
軍配が上る
この賤ヶ岳の戦いでは、後に天下に名を知られる
福島正則や加藤清正、片桐且元等が活躍し
後世賤ヶ岳の七本槍と呼ばれている
僅か百騎余りと共に、北の庄に逃げ戻った
勝家にはもはや追撃する秀吉軍と、戦う余力は
残っていなかった
この権六が、猿めにしてやれたか!
肉を切らせて骨を絶つ、秀吉の大胆な戦略は
見事成功を収め豪勇で名を馳せた柴田勝家も
悲運の女(ひと)お市の方と共に自害して
果てる
この賤ヶ岳を機に秀吉の天下取りは現実となり
浪速の夢が始まるのである
賤ヶ岳の七本槍
山崎の合戦で明智光秀を討ち破った秀吉は
着々と力を蓄え天下取りに向けて
勢力を拡大していった
その秀吉の前に、立ちはだかったのが
柴田勝家であった
元はと言えば雑兵に過ぎなかった秀吉が
次第に勢力を増すにつけ、勝家は苛立ちと
焦りを感じていた
勝家の口上は決まっていた
猿めの思い通りにはさせぬわ
その勝家と秀吉は清洲城で激しく対立する
織田家後継を巡って、互いの思惑がぶつかり合う
勝家は三男、織田信孝を推す
信孝様、御年頃も申し分なく
力量、並々ならぬ物あり
対して秀吉は、今は無き嫡男信忠の一子
三法師を主張する
筋目から申さば、三法師様こそ
御適任と存ずる
勝家は、信孝の元服にも立ち合うほど
親密であった 言わば親子の関係に近かった
一方秀吉は、まだ幼子(おさなご)の
三法師を擁して 我が意を叶えようと
していたのである
対峙する二人に割って入ったのが、丹羽長秀で
あった
柴田殿、この論議、秀吉に分ありと存ずる
光秀を討った秀吉の言い分、聞くが筋かと
秀吉と長秀は事前に密議を済ませており
秀吉が天下を握れば、長秀には所領安堵の上
加増が約束されていた
これで、跡目は三法師と決まる
収まらない勝家は難題を突きつける 秀吉の所領
長浜を譲るよう迫ったのである 秀吉は
意外にもあっさり承諾する
何程の事もなし、仰せの如く
ここは勝家の顔を立て、一旦引き渡して
後々取り戻す腹積りであった
天正十年十二月、秀吉は勝家の養子
柴田勝豊が守る長浜城を攻め入城
再び長浜城主となる
これを聞いた勝家は激怒し、ついに打倒秀吉を
決意する、秀吉嫌いのお市の方にこう述べている
秀吉が首取るは、卵を割るより易き事
しかし越前は雪に覆われ、雪解けを待つ他は
なかった
明けて天正十一年二月、雪解けを待たず勝家は
越前を出発、対する秀吉も出陣し北陸街道に
柵を設け両軍は賤ヶ岳で睨みあう
対峙する事ひと月余り、突如秀吉は大垣城に
兵を引く、これは秀吉が仕掛けた罠であった
この戦さ 先に動いた方が負ける
秀吉はそう確信していた
僅かな手勢のみとなった秀吉軍に、勇躍勝家軍が
襲い掛かる
いざ押し出せー! 一気に踏み潰せ!
防御の兵を蹴散らし、敵陣深く攻め入ったのである
これを聞いた秀吉は上機嫌であった 秀吉が
罠に掛かった獲物を逃す筈もなかった
柴田権六勝家、敗れたり!天運我にあり
皆の者、賤ヶ岳に進撃せよ!
オオー!
大垣城を後にした秀吉軍は、疾風の如き速さで
賤ヶ岳に舞い戻った、この間僅か五時間
あの中国道大返しの再現であった
いかに天魔が如き秀吉でも
明朝までには戻るまい
油断した勝家軍は寝込みを襲われ、秀吉軍の
怒涛の進撃の前に敗れ去った
それは余りにあっけない幕切れであった
豪胆の勝家、知略の秀吉の戦いは秀吉に
軍配が上る
この賤ヶ岳の戦いでは、後に天下に名を知られる
福島正則や加藤清正、片桐且元等が活躍し
後世賤ヶ岳の七本槍と呼ばれている
僅か百騎余りと共に、北の庄に逃げ戻った
勝家にはもはや追撃する秀吉軍と、戦う余力は
残っていなかった
この権六が、猿めにしてやれたか!
肉を切らせて骨を絶つ、秀吉の大胆な戦略は
見事成功を収め豪勇で名を馳せた柴田勝家も
悲運の女(ひと)お市の方と共に自害して
果てる
この賤ヶ岳を機に秀吉の天下取りは現実となり
浪速の夢が始まるのである
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.