浜松城の夜
投稿者: rie2387 投稿日時: 2010/07/03 07:26 投稿番号: [5226 / 6355]
今週から家康に関する物を2本ほど
まずは若き日の家康を
浜松城の夜
元亀三年、三方ヶ原で武田信玄に
完膚なきまでに打ち破られた家康は
僅かな手勢と共に浜松城に逃げ戻っていた
各々深手を負い、武田勢の追撃あれば
朗党残らず討ち死には、火を見るより
明らかであった
殿、如何致しましょう
程なく甲府勢も、寄せて参る程に
門を閉じ、守りを固めて
一戦交えましょうぞ
思わぬ大敗に、昂ぶる家康は言い放つ
よいか!門を開き、篝火を焚かせよ
甲府勢に後ろを見せてはならぬ
来るなら来い、最後の一兵になるまで
戦うまでじゃ
家康の言葉通り、その夜の浜松城は
門が開かれ、光々と篝火が焚かれたのである
乱波(らっぱ)の知らせによりこれを
聞いた信玄は、家康に若武者特有の
覇気を感じていた
三河の子倅め、仲々やりおる、
安易に寄せれば、手負いの獅子が暴れよう
皆の者、浜松城は捨て置け
今は時が惜しい
京への道は、いまだ半ばぞ!
その浜松城は静まり返っていた、燃えさかる
篝火だけが己を主張しているかの様であった
やがて武田軍は浜松城を素通りし
京に向かった事が明るみになった
家康は、信玄に裏切られた心情であった
おのれ信玄、余を若輩と見て侮りおるか
この上は追っ手を掛け、三河武士の心意気
甲斐の大入道に、見せてくれようぞ
誰ぞ、太刀を持て!
それは余りに無謀であった、武田軍は三万余騎
対する家康の軍勢はこの時僅か数百
巨像に、蟻が戦いを挑む如きである
死を覚悟し血気にはやる家康を、家臣達は
滴る血潮を拭おうともせず諫言する
それは成りませぬ、勝敗は時の運、
捲土重来を期す折も、参りましょう
殿、どうか御辛抱を!
殿!
殿!
すすり泣く家臣を前に、さすがの家康も
断念せざるを得なかった
家康大敗の報は、すぐさま清洲の信長の元へ
届けられた、信長は使者の口上を聞き終わると
竹千代、やはり入道には歯が立たぬか
是非も無し、斯く成る上はこの信長が
相手致す
信玄入道、信長見参!
しかし両雄に対決の時は訪れなかった
天正元年、戦国武将に最も恐れられた男
武田信玄は病を得、無念の最後を遂げたのである
(享年五十三歳)
更に信玄と十二年の永きに渡り川中島で
覇を競った越後の虎、上杉謙信も
後を追うようにこの世を去っていった
信長の行く手を塞いでいた、猛将の
相次ぐ死により、織田政権の道は大きく
開かれ、勇躍信長は京に君臨したのであった
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.
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