壇ノ浦
投稿者: rie2376 投稿日時: 2010/01/16 07:32 投稿番号: [4283 / 6355]
二本目は平家滅亡の最終章、壇ノ浦を
決戦壇ノ浦
屋島での合戦に敗れた平氏一門は
関門海峡近くの彦島に辿り着く
体制を立て直し最後の戦いに望みを
繋いだのである
文治元年三月二十四日、追ってきた源氏勢と
雌雄を決するべく、壇ノ浦最終決戦の
火蓋が切って落とされた
平氏の擁する軍船は五百隻余り
一方源氏方は八百五十隻に及んだ
緒戦は、潮の流れに乗った平氏が
優勢に戦いを進め源氏は苦戦を
強いられていた
しかし天才武将義経は、したたかであった
皆の者、船頭に矢を射かけよ
他は捨て置け!
この義経の機略で、船頭に狙いを定め
矢を射掛けるとたちまち形勢は
逆転していった
船頭を失った平家の軍船は行き場を失い
海上を彷徨するばかり
この機を逃さず
平家の軍船に乗り込んだ源氏勢は次々に
斬りかかり、平家方は大混乱に陥って
しまった
勝敗の行方は、これにてほぼ決着を
見たのである
平氏の軍勢を取り仕切っていた勇将
知盛(とももり)
が再び浮上せぬよう
鎧を二重(ふたえ)に着込んで
見るべき物は、すべて見た
と言い残し海中に沈んでは、壇ノ浦の
戦いも終結を迎えたのであった
もう一つの戦いも、やがて終わろうと
していた
清盛の正室、二位ノ尼は自らの孫
安徳天皇を胸に抱き、舟縁にと
進んでいく
数え歳八歳の安徳天皇は、いぶかしげに
御尋ねになる
尼御前、私をどこに連れていくのか
二位ノ尼は答えて
御心配には及びませぬ
波の下にも、都はありましょうほどに
そう言い残すと、安徳天皇を抱いて
身を投じ海の藻屑と消えてしまう
これに続いて建礼門院、女官、女御達が
次々に海中に身を投げ出していった
海上はさながら阿鼻叫喚の様相を
呈していた、浮き上がり泣き叫ぶ
女御達、これを熊手にて捕らえんとする
源氏の郎党
建礼門院も、海上より引き上げられ
奇跡的に一命を取り止めたのであった
助け出された建礼門院は、その後髪を下ろし
大原の地に庵を結ぶと二十八年もの
永きに渡って我が子、安徳天皇と
平家一門の霊を弔い、読経三昧の日々を
送った
この壇ノ浦での勝利で義経の輝きは
最高潮に達し、京に凱旋した天才武将を
都人は大いなる喝采を持って迎えた
しかし、これを最後に運命が暗転して
いくのを、義経自身知る由もなかった
平氏の願い
砕けて散りぬ壇ノ浦
憐れ幼帝
波の下
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.
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