敦盛
投稿者: rie2376 投稿日時: 2010/01/09 08:31 投稿番号: [4234 / 6355]
ネネさん、金杯は残念でした
私は馬単で武チャンマンの
頭から買っていたので外れでした
馬連なら的中でしたが欲を
かきすぎました^^
ところで源平物を
敦盛(あつもり)
治承八年、源氏と平家の戦いは
最終章へと向かっていた
一の谷では義経の鬼神をも凌ぐ
働きによって源氏の大勝利に終る
平家の軍勢は悉く海上に追われ
屋島へと落ちて行った、もはや
平家の命運も風前の灯火
その時、逃げ遅れた武将が一騎
馬に跨ったまま軍船を目指して
入水しようとしていた
あいや
待たれよ、引き戻りて
勝負つかまつらん
それがし 源氏の郎党
熊谷直実と申す
馬上の武者は思わず振り返った
ここで敵に背を見せるは末代までの
恥辱、死するより耐え難し
我は平経盛が三男、平の敦盛なり
一手、御相手申す
組み打つ内に、平家の公達と荒くれ武者の
差は歴然となった、ややあって敦盛を
組み伏せた直実は
これは何とした事、まだ十五、六の
若武者ではないか
それに気品に満ちた御顔立ち
これは迂闊であった
直実は後悔した、しかしもう遅かった
続々と味方の兵が集まり、この若武者を
逃がすのは叶わなかった
敦盛殿、我せがれと同じ年端の貴殿の
首を落とすは、何としても忍びない
死せるともこの直実、必ず菩提を
弔い申す、これも定め、許されよ
遠慮は無用、早く首を打たれるがよい
敦盛の首を落とした直実は声を上げて
泣いた、我悪縁を呪う他はなかった
悲しみに打ち震え亡骸をそっと抱き
起こすと、一さしの笛が落ちてきた
そうか、昨夜の笛の音は
敦盛殿であったか
東国武者には覚えもつかぬ
風雅の御振る舞い
何と無慈悲な事をしたのか
我、畜生道に落ちるは疑いなし
この後直実は出家し、生涯をかけて
敦盛の菩提を弔った、この出家の際の
心境を詠ったのが、信長が好んで有名な
敦盛である
人間五十年
化天の内をくらぶれば
夢幻の如くなり
一度生をうけ 滅せぬ者のあるべきか
名笛青葉と供に散った平家の公達
平の敦盛、享年十六歳
これは余ほど人の心を打ったのか
後世に渡り芸能の世界にも
伝えられた
人々は平家滅亡の憐れさを、この敦盛に
重ね合わせて見たのかも知れない
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.
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