光秀無情
投稿者: rie2376 投稿日時: 2009/11/21 08:04 投稿番号: [4041 / 6355]
少し違った視点から光秀謀反を
光秀無情
天正十年六月二日未明、京の本能寺に
おいて時の権力者、織田信長は家臣
明智光秀の謀反によって、波乱に
満ちた五十年の生涯に幕を閉じた
元来光秀は織田家の家臣ではなく
名門細川家に仕え、将軍家や
宮中の連絡役として活躍していたのを
信長に認められ、家臣団に加わったの
である
田舎者揃いの尾張家臣団と違い
教養深く、宮中行事に通じた光秀は
重用され秀吉と共に出世頭となった
しかし次第に信長との確執は深まり
肌合いの合わぬ光秀は、疎まれる
ようになっていった
象徴的な出来事があったのは
その頃である、敵方に人質として
差し出した母親を、信長の命により
張り付けの刑で失ってしまう
最愛の母を獄門台で死なせた
光秀の心中は、どうであったろう
光秀には刑場の露と消えいく、母の
叫びが聞こえていた
光秀、無念じゃ!
かくなる上は
母の仇
必ず討ってたもれ!
頼みましたぞ、光秀殿!
我が息子の出世を、誰より喜んでいた
母との別れは、光秀の心に大きな
傷として残った
この後も信長は、難題を持ちかけてくる
信長の使者が口上を述べて
惟任日向守、明智光秀、その方に
領地換えを命ずる
丹波坂本に代わり新たに石見出雲を
領地として与える、
心して拝領致すよう
ははー
有難き幸せに御座いまする
と答える光秀だったが
これは何とした事、石見出雲といえば
筑前殿が切り取り中の地ではないか
まだ敵方にある領地を、与えると
言うのか!
秀吉の与力として、中国攻めを
命じられた光秀はついに決意する
出立の朝、家臣団を前に
皆の者、こたび領地換えにより
坂本より石見に転ずる事と相成った
されど、あの地は今だ我方にあらず
敵方にあり
中国攻めが不首尾なれば、我等は
流浪の民となろう
上様は、明智家滅亡をお望みじゃ
かく成る上は、座して死を待つより
討って死線を越えるものなり
敵は中国勢にあらず、本能寺にあり!
皆の者
本能寺に急ぎ参らせ
信長公の御印を上げよ!
おおー!、地鳴りのような雄叫びと共に
人馬は一斉に本能寺に向かって行った
この時光秀の胸中に去来したのは
亡き母の面影か
それとも
天下取りの野望か
惟任日向守、明智十兵衛光秀
一介の素浪人から大名まで登り詰め
もう一歩で天下に手が届いた光秀だが
主君殺しの汚名は、後世まで晴れる
事がなかった
光秀の娘玉子も又、細川ガラシャとして
数奇な運命を辿ったのである
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.
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