ジャンヌダルク
投稿者: rie2376 投稿日時: 2009/11/07 07:50 投稿番号: [3973 / 6355]
今回は趣向を変えて洋物を、フランスの
聖少女ジャンヌダルク
聖少女
フランス東北部にある人口二百人程の
ドンレミという寒村に、後に聖少女と
呼ばれる17歳のジャンヌダルクがいた
この当時フランスは、イギリスとの
百年戦争の真っ只中で国は疲弊し民衆は
イギリス軍による侵略と略奪に怯える
日々であった
ドンレミもイギリス軍の襲撃を受け
壊滅的な打撃を受けた、人々は逃げ惑い
村が燃え尽きるのをただ呆然と
見守る他はなかった
この時ジャンヌに神の声が届く
ジャンヌよ、民衆を救う為
戦いの旗を掲げよ
シャルル王太子の元へ行くがよい
(ジャンヌ談)
ジャンヌは長い髪を切り男装して
シャルル王太子のいるシノンの街へ、
向かっていった、その旅の途中
民衆に訴える
私はフランスを守る為、
神と共に旅をしている者です
皆さんに、神の御加護がありますよう
人々はジャンヌを熱狂的に迎えた
古くよりの言い伝えを信じて疑わなかった
フランスが危機に陥った時、ロレーヌの
乙女が現れフランスを救い出す
ジャンヌの姿を見た村人は、膝まづき
十字を切る
聖少女よ、神と共にあらん事を
シノンの街に辿り着いたジャンヌは
早速シャルル王太子に謁見し、軍に
加えてくれるよう願い出る
この時シャルル王太子は父王が
亡くなって7年、パリを含む領土の
半分以上をイギリス軍に占領され
即位出来ずにいた
打つ手もなくただ無為に日が過ぎ去るのは
内心忸怩たるものがあった、丁度そんな頃
ジャンヌが現れた
ロレーヌの乙女と評判のジャンヌに
興味を憶えた王太子は軍に加え
指揮官の地位を与えたのである
まずジャンヌに与えられた任務は
イギリス軍に包囲された、要衝オルレアンの
奪還であった
ジャンヌを先頭に、一隊はオルレアンに向け
進軍を開始する
戦闘が始まるとフランス兵は次々と
倒れていった、ジャンヌも胸に矢を受け
負傷する
撤退を進言する士官にジャンヌは痛みを
堪えながら命令を下す
戦い続けるのです、ここで撤退すれば
人々の苦しみは何時までも終わらない
でしょう
再び馬上の人となり軍旗を高々と掲げるので
あった、これを見たフランス兵は
大歓声を上げ一気に士気は高まった
同じく、これを見ていたイギリス軍も震撼した
あれが伝説の乙女か、神の子と戦っても
到底勝ち目はない
無抵抗のイギリス軍を撃破し、オルレアンは
再びフランスの物となったのである
この戦いでジャンヌの名はフランス全土に
知れ渡り、イギリス軍との戦闘に苦しむ
各地から援軍要請が相次いだ
しかしシャルル王太子は承諾しなかった
民衆に圧倒的な人気を誇るジャンヌが
次第に妬ましくなったのである
ジャンヌの部隊に解散を命じ軍旗も
取り上げた
それでもジャンヌは私兵を率い戦いに
赴いた そしてついにイギリス軍に
捕らえられ宗教裁判に掛けられる
この裁判ではフランス軍の士気を落とす為
ジャンヌに様々な汚名が着せられた
神の名を語る冒涜者、血を好む魔女、、
4ヶ月に及ぶ裁判の後、一番処分の重い
火あぶりの刑に処せられたのである
燃え盛る業火の中でジャンヌは叫ぶ
十字架を目の前に 最後まで神と共に!
1431年5月30日、かくして伝説の乙女は
19年の生涯に幕を閉じた
ジャンヌの死はフランス全土を悲しみに
包み込んだ、そしてこの聖少女の死を
無駄にせず、との機運が高まり兵士達は
ジャンヌの名を叫びながらイギリス軍と戦った
やがてジャンヌの死から22年、イギリス軍は
本国へ撤退、長かった百年戦争に終止符が
打たれた
泥沼のような百年戦争からフランスを
救ったのは、疾風のように現れ戦い続けた
聖少女と言えるかも知れない
更に、裁判の見直しが行われジャンヌは
無実となり名誉を回復する
ジャンヌが開放したオルレアンの街では
今でも開放の日をジャンヌダルク祭として
祝っている
その日はフランス全土から人々が集まり
共にジャンヌを称える、国民的祭典と
なっている
聖少女ジャンヌダルク
聖少女
フランス東北部にある人口二百人程の
ドンレミという寒村に、後に聖少女と
呼ばれる17歳のジャンヌダルクがいた
この当時フランスは、イギリスとの
百年戦争の真っ只中で国は疲弊し民衆は
イギリス軍による侵略と略奪に怯える
日々であった
ドンレミもイギリス軍の襲撃を受け
壊滅的な打撃を受けた、人々は逃げ惑い
村が燃え尽きるのをただ呆然と
見守る他はなかった
この時ジャンヌに神の声が届く
ジャンヌよ、民衆を救う為
戦いの旗を掲げよ
シャルル王太子の元へ行くがよい
(ジャンヌ談)
ジャンヌは長い髪を切り男装して
シャルル王太子のいるシノンの街へ、
向かっていった、その旅の途中
民衆に訴える
私はフランスを守る為、
神と共に旅をしている者です
皆さんに、神の御加護がありますよう
人々はジャンヌを熱狂的に迎えた
古くよりの言い伝えを信じて疑わなかった
フランスが危機に陥った時、ロレーヌの
乙女が現れフランスを救い出す
ジャンヌの姿を見た村人は、膝まづき
十字を切る
聖少女よ、神と共にあらん事を
シノンの街に辿り着いたジャンヌは
早速シャルル王太子に謁見し、軍に
加えてくれるよう願い出る
この時シャルル王太子は父王が
亡くなって7年、パリを含む領土の
半分以上をイギリス軍に占領され
即位出来ずにいた
打つ手もなくただ無為に日が過ぎ去るのは
内心忸怩たるものがあった、丁度そんな頃
ジャンヌが現れた
ロレーヌの乙女と評判のジャンヌに
興味を憶えた王太子は軍に加え
指揮官の地位を与えたのである
まずジャンヌに与えられた任務は
イギリス軍に包囲された、要衝オルレアンの
奪還であった
ジャンヌを先頭に、一隊はオルレアンに向け
進軍を開始する
戦闘が始まるとフランス兵は次々と
倒れていった、ジャンヌも胸に矢を受け
負傷する
撤退を進言する士官にジャンヌは痛みを
堪えながら命令を下す
戦い続けるのです、ここで撤退すれば
人々の苦しみは何時までも終わらない
でしょう
再び馬上の人となり軍旗を高々と掲げるので
あった、これを見たフランス兵は
大歓声を上げ一気に士気は高まった
同じく、これを見ていたイギリス軍も震撼した
あれが伝説の乙女か、神の子と戦っても
到底勝ち目はない
無抵抗のイギリス軍を撃破し、オルレアンは
再びフランスの物となったのである
この戦いでジャンヌの名はフランス全土に
知れ渡り、イギリス軍との戦闘に苦しむ
各地から援軍要請が相次いだ
しかしシャルル王太子は承諾しなかった
民衆に圧倒的な人気を誇るジャンヌが
次第に妬ましくなったのである
ジャンヌの部隊に解散を命じ軍旗も
取り上げた
それでもジャンヌは私兵を率い戦いに
赴いた そしてついにイギリス軍に
捕らえられ宗教裁判に掛けられる
この裁判ではフランス軍の士気を落とす為
ジャンヌに様々な汚名が着せられた
神の名を語る冒涜者、血を好む魔女、、
4ヶ月に及ぶ裁判の後、一番処分の重い
火あぶりの刑に処せられたのである
燃え盛る業火の中でジャンヌは叫ぶ
十字架を目の前に 最後まで神と共に!
1431年5月30日、かくして伝説の乙女は
19年の生涯に幕を閉じた
ジャンヌの死はフランス全土を悲しみに
包み込んだ、そしてこの聖少女の死を
無駄にせず、との機運が高まり兵士達は
ジャンヌの名を叫びながらイギリス軍と戦った
やがてジャンヌの死から22年、イギリス軍は
本国へ撤退、長かった百年戦争に終止符が
打たれた
泥沼のような百年戦争からフランスを
救ったのは、疾風のように現れ戦い続けた
聖少女と言えるかも知れない
更に、裁判の見直しが行われジャンヌは
無実となり名誉を回復する
ジャンヌが開放したオルレアンの街では
今でも開放の日をジャンヌダルク祭として
祝っている
その日はフランス全土から人々が集まり
共にジャンヌを称える、国民的祭典と
なっている
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.