Re:戦国の女達
投稿者: rie2376 投稿日時: 2009/08/22 09:46 投稿番号: [3602 / 6355]
予定ではお市の方でしたが、これはいずれ又
では千姫を
一輪の花
千姫、徳川二代将軍秀忠の長女
母はお市の娘、お江の方
僅か六歳の折、豊臣秀頼の元に嫁いでいる
千姫は織田、豊臣、徳川という戦国で覇を
競った三家を象徴する、運命の子と言える
祖母は信長の妹、父は徳川将軍秀忠
そして嫁ぎ先は、豊臣家の世継ぎ豊臣秀頼
三家に総て関わりを持っている、英傑の
凝縮した姿が、千姫かもしれない
さて大阪夏の陣の折、大阪城を取り囲む
関東勢に落城は時間の問題であった
ただ家康の気懸かりは、愛する孫娘千姫を
如何に救出するかにあった
その為、空手形になりかねない命令を
下している
よいか皆の者、千を助け出した者は
どのような身分であれ 姫の婿となる事を
許してつかわす
但し条件は、傷一つ付いておらぬこと
よいな、分かったな!
家臣団は色めき立った、将軍の娘と夫婦
(めおと)になれる、家臣にとってこれ
以上の名誉はない、とりわけ石見津和野藩城主
坂崎出羽ノ守は
大御所様、それは誠で御座いますか
千姫様を御助けすれば、嫁御寮に
御迎えが叶うとは
流石に家康は、ムッとしたのか
無論!、武士に二言はない
そちは余の言葉を疑うのか
滅相も御座りませぬ、承知致しました
この坂崎出羽ノ守、命に代えても
千姫様を御救い申し上げます
この家康の軽はずみともいえる言動が
後で騒動の元になろうとはこの時、誰も
知る由もなかった
一方、大阪城落城の僅か前、城内では
秀頼親子が最後の談合を行っていた
淀君は錯乱状態にあり、明らかに平静さを
失っていた
お千、そなたは憎っくき徳川の縁の者
わらわが成敗してくれるわ、覚悟しやれ!
それは成りませぬ、母上 お千は
この戦さと何の関係もありませぬ
今は私の妻、命を永らえさせてやりとう
御座います
どうしても成敗なさると言うのなら この秀頼
母上に御手向かい致しまする
これは何としたこと、最後に及んで我息子に
背かれるとは、ああー口惜しや!
母の逆上振りに構わず、秀頼は千姫に向かって
優しく語りかける
お千よいな、私に万一の事があっても
決して後追いは許さぬ
私の遺言だと思って、聞き届けてくれ
殿、御慈悲でございます、どうか私も
御供させて下さい
ならぬ、そなたは生き長らえよ
それが私の願いじゃ、よいな お千
この光景は小谷城にて、お市の方が夫
浅井長政と演じた今生の別れを思わせる
祖母と孫娘、何の宿業か、同じ苦しみを
味わう事になったのである
燃え盛る大阪城に乗り込み、見事千姫を
救出した坂崎出羽ノ守が姫を嫁に貰えず
憤慨の余り切腹して果てたというのは
どうやらフィクションであり、真相は別に
あるようだ
事実は秀頼親子助命を嘆願の為、大野治長の
勧めで家康の元に送り届けられた千姫を
護衛したのが、坂崎出羽ノ守というのが
真相らしい、
盲愛する孫娘、千姫の頼みとはいえ家康が
それを許す筈もなく、あえなく親子は自刃する
この後、千姫は秀頼恋しさの余り豊臣残党と計り
幕府転覆を画策していると言う、風説も
流されたが、事実は本多忠政の息子本多忠刻と
再婚し、夫亡き後は髪を下ろして仏門に帰依し
静かな余生を送ったそうである
ともあれ、この夏の陣をもって戦国の世は
終焉を迎え、徳川二百六十年の治世が始まる
ことになった
思えば千姫は、戦国時代の最後に咲いた
可憐な一輪の花だったかも知れない
千姫の、涙は乾き咲き競う、野に一面の
蓮華草(れんげそう)
では千姫を
一輪の花
千姫、徳川二代将軍秀忠の長女
母はお市の娘、お江の方
僅か六歳の折、豊臣秀頼の元に嫁いでいる
千姫は織田、豊臣、徳川という戦国で覇を
競った三家を象徴する、運命の子と言える
祖母は信長の妹、父は徳川将軍秀忠
そして嫁ぎ先は、豊臣家の世継ぎ豊臣秀頼
三家に総て関わりを持っている、英傑の
凝縮した姿が、千姫かもしれない
さて大阪夏の陣の折、大阪城を取り囲む
関東勢に落城は時間の問題であった
ただ家康の気懸かりは、愛する孫娘千姫を
如何に救出するかにあった
その為、空手形になりかねない命令を
下している
よいか皆の者、千を助け出した者は
どのような身分であれ 姫の婿となる事を
許してつかわす
但し条件は、傷一つ付いておらぬこと
よいな、分かったな!
家臣団は色めき立った、将軍の娘と夫婦
(めおと)になれる、家臣にとってこれ
以上の名誉はない、とりわけ石見津和野藩城主
坂崎出羽ノ守は
大御所様、それは誠で御座いますか
千姫様を御助けすれば、嫁御寮に
御迎えが叶うとは
流石に家康は、ムッとしたのか
無論!、武士に二言はない
そちは余の言葉を疑うのか
滅相も御座りませぬ、承知致しました
この坂崎出羽ノ守、命に代えても
千姫様を御救い申し上げます
この家康の軽はずみともいえる言動が
後で騒動の元になろうとはこの時、誰も
知る由もなかった
一方、大阪城落城の僅か前、城内では
秀頼親子が最後の談合を行っていた
淀君は錯乱状態にあり、明らかに平静さを
失っていた
お千、そなたは憎っくき徳川の縁の者
わらわが成敗してくれるわ、覚悟しやれ!
それは成りませぬ、母上 お千は
この戦さと何の関係もありませぬ
今は私の妻、命を永らえさせてやりとう
御座います
どうしても成敗なさると言うのなら この秀頼
母上に御手向かい致しまする
これは何としたこと、最後に及んで我息子に
背かれるとは、ああー口惜しや!
母の逆上振りに構わず、秀頼は千姫に向かって
優しく語りかける
お千よいな、私に万一の事があっても
決して後追いは許さぬ
私の遺言だと思って、聞き届けてくれ
殿、御慈悲でございます、どうか私も
御供させて下さい
ならぬ、そなたは生き長らえよ
それが私の願いじゃ、よいな お千
この光景は小谷城にて、お市の方が夫
浅井長政と演じた今生の別れを思わせる
祖母と孫娘、何の宿業か、同じ苦しみを
味わう事になったのである
燃え盛る大阪城に乗り込み、見事千姫を
救出した坂崎出羽ノ守が姫を嫁に貰えず
憤慨の余り切腹して果てたというのは
どうやらフィクションであり、真相は別に
あるようだ
事実は秀頼親子助命を嘆願の為、大野治長の
勧めで家康の元に送り届けられた千姫を
護衛したのが、坂崎出羽ノ守というのが
真相らしい、
盲愛する孫娘、千姫の頼みとはいえ家康が
それを許す筈もなく、あえなく親子は自刃する
この後、千姫は秀頼恋しさの余り豊臣残党と計り
幕府転覆を画策していると言う、風説も
流されたが、事実は本多忠政の息子本多忠刻と
再婚し、夫亡き後は髪を下ろして仏門に帰依し
静かな余生を送ったそうである
ともあれ、この夏の陣をもって戦国の世は
終焉を迎え、徳川二百六十年の治世が始まる
ことになった
思えば千姫は、戦国時代の最後に咲いた
可憐な一輪の花だったかも知れない
千姫の、涙は乾き咲き競う、野に一面の
蓮華草(れんげそう)
これは メッセージ 1 (beiowolf119jp さん)への返信です.