Re: ミッドウェー海戦−2
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2012/06/19 16:50 投稿番号: [4 / 4]
全ての日本軍部の戦略に通用しますが、予定通りで動く戦闘には日本軍は
強いのです。しかし、きんきゅうの戦略になるとどうも敗者に回るのです。
前記の3人と淵田航空参謀(当日は盲腸手術の直後で戦闘に参加しない)もくわえて考えていた真珠湾事後のおごりで出来ていた案は:
ミッドウエイ島の空軍と防衛軍をたたくー島の東海上に出るー真珠湾から
出てくる空母部隊を迎えて叩く:ところが島の第一次攻撃の際には既に
真珠湾から出た米機動部隊は島の北東地域で日本艦隊の出動を待機して
いました。そして第一次攻撃隊が出ている間に第二次攻撃隊が全機が甲板上で発信命令を待っているあいだに魚雷搭載の米軍攻撃機が頭上にきていました。爆弾から魚雷に転載するに必要な時間は45−60分でした。5−15分とは戦後メデヤに出てきた誤魔化しの煙幕用の用語に国民は戦後も洗脳されていました。
大きな敗因はやはり諜報力の貧困さです。物量とレーダーの有る、無しの違いでありました。優柔不断、艦隊保護論の先行ばかり、外からの意見を(山口多聞少将の催促)受け入れない悪癖、終いに全艦隊が偵察機となって島の
周辺の徘徊をしていた様なものでした。
之が私の大体の描く空模様であります。ご指摘あればお願いします。
これは メッセージ 3 (nachitakao さん)への返信です.
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Re: ミッドウェー海戦−1
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2012/06/18 05:38 投稿番号: [3 / 4]
senkaku-islands様:
長い間不可思議な点であったMidway Sea Battleの背景が判ってきました。よく言われる後15分時間が日本に向いていたら情勢は大分変わっていた;とゆう言い訳文句はまったくの誤魔化しの逃げ口上であったのです。上官の命令服従違反、優柔不断、隠蔽、責任逃れの結果でありました。その責を負うのは南雲第一艦隊司令、草鹿参謀長、源田航空参謀長の独断、外からの意見無視、隠蔽、責任のがれの手段、によって大敗を喫しました。6機の偵察機を飛ばし初めの敵空母らしき艦船をみゆ」と打電してきた時から、受信時間
以後3時間の時間の余裕があったのです。次の受信は直ぐ後で第三艦隊の司令山口少将(当時)は南雲第一艦隊司令に「敵艦隊発見の報に接した。直ぐ攻撃機の発進の要ありと認む」と打電して敵機動部隊の攻撃実行を促した。
然し、この3人は自分たちが前に設定した攻撃順序にそぐわないためか、無視して命令、返答はしなかった。第二ミッドウエイ島攻撃の艦上爆撃機には
全機に陸上用の爆弾が搭載されていた。之を転載するにはどうしても45分はかかった。敵機動部隊がハワイでなくて、直ぐ島の北東に待機していたのです。之にあわてて2時間半以上何もしなかった曲に今更と悲嘆するだけです。全艦隊が出発する時、山本聨合艦隊司令は第二次攻撃隊の搭載は半分が魚雷にしておくべきと命令を出していた。それが完全に無視されていた。
大敗の責任回避へ偵察機の発見(敵艦隊の最初の)時間と報告経路の隠蔽が著書やメデヤを通して成功していたが、最近暴露してきました。之が山口多聞少将の第一艦隊司令になっていたらとゆう声が出る原因です。彼の決断がなければミッドウエイ海戦は世界史上にもめずらしい汚名を残したでしょう。山口第三艦隊は残存部隊を収拾して最後の乾坤一滴で敵空母を大破したのです。母艦とともに沈んだ勇将でしたが生き残ってもらいたかったですね。3人の予定した攻撃順序は次に書きます。
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ミッドウェー海戦
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2012/06/17 20:20 投稿番号: [2 / 4]
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決断
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2012/06/17 01:47 投稿番号: [1 / 4]
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