中国における虐殺の歴史

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

薬害被害で毎年20万人死亡

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2008/03/12 21:48 投稿番号: [76 / 124]
「薬害被害で毎年20万人死亡」、救済制度を提案―中国
http://www.recordchina.co.jp/group/g16551.html

毎年原爆並の死者がでているわけです。
しかも副作用で苦しんでる人間ももっといるわけです。
日本の薬害事件とは規模が違いますね。
さすが中国。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: go_back_to_korea_immediately 投稿日時: 2008/03/09 16:01 投稿番号: [74 / 124]
死んでも死んでも減りませんね。

Re: あまいね〜〜

投稿者: nocking9898 投稿日時: 2008/03/02 16:53 投稿番号: [73 / 124]
台湾に送り込まれた大陸からの
女どもは、結局
台湾を乗っ取るため、あるいは
内部から台湾を切りくづす為の
凶惨政権の捨石なんだね。

その証拠に、今度の台湾総統選挙では
大陸派の馬英九なる男を応援すると。
大陸から台湾の人に嫁いだ、女の数
なんと25万とか。
非常に大きな数で、決して無視できない勢力。
この女どもに、亭主などがそそのかされ
大陸出身の馬を応援したら、かなりの票が馬に
流れるだろう。

もし、馬が勝って、台湾が大陸、凶惨政権の側に与したら
日本にとって、これは大変な事態になることも考えなければ
ならない。
ノー天気の日本のメデイアなどは、ほとんど問題にしていないが
そのメデイア自体、シナの代弁者になりさがっているのだから
日本の将来は完全に危ういとみていい。

あまいね〜〜

投稿者: kuubomusasi 投稿日時: 2008/03/02 00:46 投稿番号: [72 / 124]
> 虐殺に継ぐ虐殺で歴史を造って来たんでしょうね〜

易姓革命で全て前王朝を否定しつくし、民衆の幸せを願った事はなし。

従って、王朝が滅びる度に飢饉に陥り、人肉当たり前の文化が育ったんでしょうな〜

自分さえ良ければ良いと言う民度が4000年。ま、滅びの道マッ逆さまの民度で有ります。


滅びそうだから大量に日本にも密入国してきてますよ。
密入国で実態が見えにくいが、朝鮮人を上回ってる可能性もかなり多いかとおもうね。

台湾じゃ中国人妻(90%超が、遺産か売春目当て)が社会問題にもなっている。
公害の影響も深刻になっている。笑ってる場合ではないと思うけどな〜。


シナでは太古より偽書問題(要するに歴史の捏造)が国が変わるたびにおこなわれたいたそうだしね〜

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: marionohaka3 投稿日時: 2008/02/23 16:32 投稿番号: [70 / 124]
age

あげ

投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2008/02/17 12:07 投稿番号: [69 / 124]
あげ

Re: 人類史上最悪の虐殺民族

投稿者: tyr0012 投稿日時: 2008/02/04 18:07 投稿番号: [65 / 124]
そういうホネのある政治家はマスコミからあることないこと言いがかりをつけられて虐待されて消えていくんです。ことに朝(鮮)日(報)はその急先鋒で、日本の誇りを取り戻すなんてことは我慢できず、新聞テレビ等すべてのメディアを総動員して徹底的に叩き、日本が中国からのミサイル攻撃に対抗しようとすると、中国による侵略がやりにくくなるので中国の脅威を国民から忘れさせるかのように徹底的に叩く。本当に日本の敵です、やつらは。

Re: 支那人の食人文化

投稿者: ocat2007 投稿日時: 2008/02/04 15:49 投稿番号: [64 / 124]
noi new2さん
意味がわかりません。
私の投稿への意見になってません。

Re: 支那人の食人文化

投稿者: noi_new2 投稿日時: 2008/02/03 17:26 投稿番号: [63 / 124]
>(中国の酷刑)なる本では、清朝に行われた公開処刑の写真が西洋人によって撮られそれが載っていたけど、みるに耐えない、おぞましいものだった。それを見物するばかりでなく、切り取られた肉片を求めるシナジンって、いかに残酷な連中かと慄然たる思いだ。

戦陣訓に「虜囚の辱めを受けず」とありますが、戦陣訓ができたのは日米戦争前の「日中戦争時」のことです。

「虜囚の辱め」とは一体どのようなものだったのか、今ではリアルに知ることができますね。

人類史上最悪の虐殺民族

投稿者: jnaelbnh3 投稿日時: 2008/02/03 16:59 投稿番号: [62 / 124]
恐らく、これほどまでに人を殺した民族は、存在しないでしょう。
その罪を間逃れるため、中共は南京事件を誇大に宣伝し、30万人も殺されたなどと嘘を吹聴しているわけだが、自分達が殺した人数を考えれば、本来こんな事は言えるはずも無いし、日本側もこの事実を政治利用すれば、幾らだって勝ち目はあるはずなのだが、どうにもそんな考えを持った政治家やマスコミ関係者は居ないようで、実に嘆かわしい。
連中はこれらの問題を国内問題だと言い張るだろうが、東トルキスタンやチベットは元々は独立国家であったものを武力で侵略した国であり、本来は中共の支配下にある必要は無いのである。
それらの問題について、もっと強く言えるような政治家が出てくる事を切に願う。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2008/02/03 15:32 投稿番号: [61 / 124]
まさに、それが事実です。

しかし、このように悪辣な捏造事件で日本を非難し続ける
シナ凶惨政権に対して、今まで全く対処せず放置してきた
日本政府、外務省の無能さ、怠惰、腰抜けには
非常に腹がたちます。これは犯罪であり、全ての
シナに媚を売る、国会議員、官僚、メデイアの奴らは
売国奴として、処断するべきなのです。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: neonanashinogonbei 投稿日時: 2008/02/03 01:35 投稿番号: [60 / 124]
あげておきます

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: moccusboccus 投稿日時: 2008/01/21 14:01 投稿番号: [57 / 124]
近刊の「中国大虐殺史」を一読されることをお勧めします。

●「中国大虐殺史」(2007年11月20日刊行)[ビジネス社]
著者は四川省出身の石平(1962年〜        )


この本を読めば、①「国民党政権」が対外情報戦の一環として、「南京虐殺」をどのように脚色して「政治的プロパガンダ」としたか、②かつての「共産党」は「国民党」の言うこと成すこと、ことごとく疑ってかかっていたのに、なぜ現代の「共産党」、及び「共産党政権」下の中国人が、「国民党政権」時代の「政治的プロパガンダ」を、疑いもせず信じているのか(あるいは信じているフリをしているのか)、その背景が理解できます。

ずばり「キーワード」は中国で二千年来「王朝」が替わるごとに繰り返され、もはやいつの間にか常識になってしまった「都市攻防戦」後の、勝者による都市住人全てを対象にした恐るべき「屠城」です。「国民党政権」の「中央宣伝処」は、この「屠城」をイメージして、「便衣兵」の処刑などを針小棒大に膨らませて「南京大虐殺」の脚本を書き(一部、息のかかった外国人ジャーナリストにも書かせ)、当時から「国際連盟」などの場を通じ、これを事実であるかのように宣伝し、戦後の「東京裁判」でもそれを押し通したのです。もちろん「東京裁判」のような場で、このような「政治的プロパガンダ」が事実として認定された背景には、「原爆」投下、「都市無差別爆撃」などそれこそ一般住民の「無差別大量殺戮」を実行したアメリカの思惑も働いていました。つまりアメリカとしても、「原爆」投下などという自らが犯した明白な「ハーグ条約」違反の「戦争犯罪」に対する批判をかわすためにも、「日本軍」は「南京大虐殺」を実行するような常軌を逸した悪逆非道な軍隊だったので、「原爆」投下も已むを得なかったというストーリーに持っていきたかったわけです。

現代の「共産党政権」下の中国人の多くが「南京大虐殺」を信じているのは、もちろん「共産党独裁政権」に対する風当りを逸らすという目的で行なわれている「捏造史観」に基く「歴史教育」によるところが大きいと思いますが、その基礎的要因として中国人が二千年来行なわれてきた「屠城」をリアリティをもって受け入れる土壌があるという点も見逃せないのではないかと思います。
昨年12月にリニューアル・オープンされた「侵華日軍南京大屠殺遭遇同胞紀念館」には、未だに略奪、強姦、虐殺を楽しむかのような日本兵が、「捏造写真」「蝋人形」「絵画」などビジュアル的手段で、これでもかこれでもかと登場しますが、これはまさに中国伝統の「屠城」の現代版光景です。住民から盗賊のように略奪し、女なら誰彼構わず強姦し、住民の首を斬り落とすことを競い、人肉で餃子を作り、肝臓を取り出してホルモン焼きにするなど、日本人なら誰でも首を傾げますが、中国人の多くは歴史上の「成都屠殺」「揚州屠殺」「天京屠殺」などを知っているだけに「さも、ありなん」と思うわけです。なんともぞっとしない哀しい話とはいえるでしょう。

シナ人は

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2008/01/20 21:18 投稿番号: [56 / 124]
虐殺に継ぐ虐殺で歴史を造って来たんでしょうね〜

易姓革命で全て前王朝を否定しつくし、民衆の幸せを願った事はなし。

従って、王朝が滅びる度に飢饉に陥り、人肉当たり前の文化が育ったんでしょうな〜

自分さえ良ければ良いと言う民度が4000年。ま、滅びの道マッ逆さまの民度で有ります。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: ageyouze 投稿日時: 2008/01/08 10:42 投稿番号: [52 / 124]
ageteoku

Re: シナ人による日本人大虐殺事件

投稿者: ageyouze 投稿日時: 2008/01/05 07:46 投稿番号: [51 / 124]
あげておくよ

シナ人による日本人大虐殺事件

投稿者: rupan_bondo007 投稿日時: 2007/12/31 17:58 投稿番号: [50 / 124]
1,尼 港(にこう) 事 件
2,南 京 事 件
3,済 南 事 件
4,通 州 事 件

http://www.mni.ne.jp/~t43200/page033.html

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: rupan_bondo007 投稿日時: 2007/12/31 17:39 投稿番号: [48 / 124]
天安門虐殺事件
http://www.combat.ch/modules/org_library_tinyd4/content/index.php?id=52

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/12/31 13:25 投稿番号: [47 / 124]
age

Re: 中国における..

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/12/26 21:28 投稿番号: [45 / 124]
久しぶりAGE

Re: 支那人の食人文化

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2007/12/24 12:06 投稿番号: [44 / 124]
本などによれば
処死になっているけど
それは些細な違い。
同じこと。

(中国の酷刑)なる本では、清朝に行われた
公開処刑の写真が西洋人によって撮られ
それが載っていたけど、みるに耐えない、おぞましい
ものだった。
それを見物するばかりでなく、切り取られた肉片を
求めるシナジンって、いかに残酷な連中かと慄然たる思いだ。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: goodjapan48 投稿日時: 2007/12/23 09:04 投稿番号: [43 / 124]
古代からだとシナの虐殺の歴史は秦の始皇帝の時代からといいます。

征服のため前政権を大虐殺をする。征服されたら虐殺が待ち受けているのです。

シナ人の皇帝といわれるものが、人民を苦しめる。皇帝や天帝と思ってるのだからたまらん。

ドイツのヒットラーでも国民を大虐殺したか?してない。
ナチの虐殺にしても毒ガスであり。
シナ人の虐殺の場合、生きながらにして肉を切り刻みリンチして殺す。食す。それも同民族に対してもである。他民族なら言うに及ばない。
どちらが残酷か?私だったら毒ガスの方が、はるかに人間らしく?死ねる。

シナ人に生まれなくて良かった。

Re: 支那人の食人文化

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2007/12/21 23:44 投稿番号: [42 / 124]
これって、凌遅処刑って事なんじゃないかな。

正に、切り刻んで罪人を食す処刑ですね。

今現在でも胎児スープって言葉を生み出しておりますね。こんな国が地球に蔓延したらやっぱり地球は滅亡しますね〜

又、人間が人間を飼っていた言葉がありますね。

両脚羊と言う言葉があります。

シナ人は滅びの道をマッ逆さまに辿っているんで有りましょう。

正に、唾棄すべき民度しか育って来なかった4000年の誇る歴史でありますね。

Re: 支那人の食人文化

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2007/12/21 21:15 投稿番号: [41 / 124]
それから、まだあるよ。
清朝のとき、酷刑といわれた一つに
凌遅処死という恐ろしい刑があったね。
囚人を細切れに、切り刻むという
日本人には考えられない残酷極まる処刑法。
小刀を使い、これは指、これは胴、これは首と
長い時間をかけて、苦しませて殺す処刑法だな。

この刑の公開処刑のときに、見物の女どもが
切り取られた肉片を求めて、処刑が終わったあと
役人のところに押しかけて、争って人肉のカケラを
買い求めたという。
その理由。
肌によいから。
まさに医食同源の極まりということだ。
眼が悪かったら人間の眼を食え。
肝臓が悪かったら人間の肝臓を食え。

それがシナの医学の基本。古代から続いているそうな。

おっソロしい!シナジンども。

支那人の食人文化

投稿者: h76432 投稿日時: 2007/12/16 19:43 投稿番号: [40 / 124]
食人文化は支那人の特有な文化です。
飢餓にならなくても、食料が豊富でも食人は行われたのです。

最近では「文化大革命」の時に多分、数十万人が食われました。
紅衛兵がつる仕上げを始めると近所のおばあさん達もバケツと包丁をもって
出掛けました。

女達が特に好んだのは男性の陰茎でした。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2007/12/16 16:55 投稿番号: [39 / 124]
実におぞましい話。
だけどシナの歴史では人肉食いが当たり前。
飢餓に陥れば人から、餓鬼になり
なんにでも食らいつく。
幸いに日本では、このようなおぞましい
地獄はほとんどみられなかったようだ。

それにしても、糸ミミズ、ウジ?
本当かね?

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2007/12/16 12:56 投稿番号: [38 / 124]
あげておきます

中国の伝統文化って

投稿者: amai_noichigo_28 投稿日時: 2007/12/09 21:25 投稿番号: [37 / 124]
殺人?

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/12/09 19:49 投稿番号: [36 / 124]
明の末期の崇禎15(1642)年四月、かつて北宋の都として栄えた開封の街が、李自成率いる
反乱軍に包囲された、以後城内の百万もの人間は、貴賎問わず飢餓地獄に叩き落されていくのである。

包囲されて数ヶ月のちの八月下旬にはついに穀物の備蓄が尽き、人々はドブの糸ミミズを掬い上げ、
葱とともに炒めて食った。味は魚に似ていたという。一斤800銭で売られ、のちには三千銭に高騰した。
屋根の上のれんげ草も食料として売られ、最初200銭、後に1100銭。溝の水草も食った。
肥やし用の人糞に湧いた蛆も食い、それが尽きると粘土や馬糞を炒め、無理やり水で飲み下した。
これらが尽きるとついに人間に手を出す。大人数で哀れな一人を追い込んで捕まえて喰らう。
敵の捕虜を切り刻んで城壁からばら撒くと、兵士も民も競って肉片を拾った。
九月はじめになると、身内同士でも喰らいあった。父は子を、夫は妻を、兄は弟を喰らう畜生道。
金持ちは守備兵に財産をすべて没収された挙句、皆殺しにされていた。このころには人肉以外の食料は
完全に尽き、肉をそぎ落とされた白骨が城内に散乱している。ボロをまとい垢まみれ、幽鬼の如く瘠せた
生き残りが、白骨を打ち割り、骨髄までもすすって生きながらえていた。

9月18日、ついに開封の街は陥落した。かつての人口は100万人。戦が始まると新たに城外から2万人逃げ込んできて、
やがて城壁の内部のほとんどが餓死戦死、そして食われた。生きて城外に出られたのは1万人のみだった。
街の中心には明王室の宗室の宮殿があり、兵士や女官が1万人いたが、このうち生き残れたのは200人のみだった。

数ヶ月の篭城戦で、100万人が死に絶えたのである。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/12/03 17:43 投稿番号: [34 / 124]
あげ

中国の女性人身売買

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/11/25 20:37 投稿番号: [33 / 124]
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/395966/

李楊:誘拐されて売られた女性は最低10年は帰ってこれないんだ。90年代初め、つまり90年から95年が女性の誘拐・人身売買のピークだったかな。この間に公安当局に救出された女性は8万5000人以上。もちろん、救出されない女性の方がずっと多い。

福島:(公安省によれば2001年〜03年に救出された児童・女性は、4万2000人。21世紀に入っても、あまり状況は改善されていない)。背景はなんでしょう。

いやは酷い話だ

中国共産党の臓器狩り

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/11/25 18:32 投稿番号: [32 / 124]
中国における法輪功学習者対象とした
臓器狩りの告発に関する調査報告

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A+%E8%87%93%E5%99%A8%E7%8B%A9%E3%82%8A&ei=UTF-8&fr=top_v2&u=organharvestinvestigati

中国大虐殺史ーなぜ中国人は人殺しが好き

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/11/19 18:53 投稿番号: [30 / 124]
中国大虐殺史ーなぜ中国人は人殺しが好きなのか (ハードカバー)
石 平 (著)

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4828414010/250-0640395-0763442?SubscriptionId=0EYTE JVF8KFKVFCZKS02

ずばりこのトピにぴったりの新刊です

Re: 中国政府の実に多彩な拷問方法

投稿者: botomstops 投稿日時: 2007/11/18 19:43 投稿番号: [29 / 124]
まさに凶悪犯罪者集団とは
シナ凶惨党の悪党ども。全て
それには、現在のコキントーも含まれる。
コキントーはかって、チベットのシナ総督で
チベット反乱を残酷に弾圧した張本人。

あの、柔和な顔の、裏側では出世のためには
手段を選ばない冷酷さを秘めている。
それは凶惨政権という、権力構造そのものの
冷酷さ、残酷さを象徴しているのだ。
凶惨政権そのものが、人民や、他国の人々の血を
流すのを本領として、権力を維持している。
まさに、凶惨シナはテロ国家そのものなのだ。

中国政府の実に多彩な拷問方法

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/11/14 18:22 投稿番号: [28 / 124]
中国政府は人民解放軍でチベットを侵略し、大量の中国人(漢民族)を移民させ、チベット人を少数民族に
追いやり、漢民族に同化しないと生きていけない政策を現在も推進している。チベット人は平和的なデモを
したりアイデンティティを主張しただけで政治犯として逮捕される。そして繰り広げられる多彩な拷問。

・人間を生きたまま冷凍室に入れる
・極端に冷気に晒されるように工夫された独房
・暑い日差しの中に暖かい洋服と毛の帽子を着せて何時間も立たせる
・熱くなった煙突に囚人をじかにくくりつけて焼く
・縛って牛追い用の電気ショックを浴びせる
・チベット僧に排泄物を仏画の上に載せて運ばせる
・裸で両手を背中で縛って天井から宙づりにして火あぶり、さらに唐辛子をくべ、熱湯をかける
  (唐辛子がすさまじく火ではじけて煙で眼が痛み呼吸できなくなる)
・獰猛な犬を尋問中に連れてきてふくらはぎを食いちぎらせる
・膣や肛門や口の中に電機警棒を挿入
・イラクサでむち打ち、皮膚を針で刺す、爪の下に竹串を挿入
・関節をハンマーで打つ、曲がった釘のついたこん棒や鉄の棒で殴打し肉を引き裂く
・座ることができるくらしかない狭い独房に6ヶ月監禁、床は凍えるように金属製
・集団死刑執行やこれらの拷問をビデオで撮影して囚人に見せる
・大量の飲み物を飲ませて部屋に閉じこめ強制的に失禁させ屈辱を与える
・ゴムの管を使って囚人の口に強制的に尿を飲ませる
・強制的に血液や体液を注射器で抜き取り、衰弱させて殺す
http://www.tibethouse.jp/human_rights/index.html

ちょっと寂しくなったね。

投稿者: botomstops 投稿日時: 2007/11/13 12:00 投稿番号: [26 / 124]
投稿が少ないね。
反論する
シナジンもいないのだろう。
シナの歴史の事実をトピックにしているのだから。
しかし、シナの、いわゆる暗黒の歴史を知るには
このトピはとても参考になると思うよ。

シナ、唐や宋、明の歴史文化。絢爛たる支那文化。
日本に大きな影響を及ぼした、進んだ支那帝国の様々な文明。
三国志などの、胸躍る英雄譚。

その裏側には、凄まじいまでの残酷な、屠城とよばれる
住民皆殺し、敵兵を残らず生き埋めにする抗殺。
敵兵の死体を山積みにして、鑑賞する京観。
そして、戦乱や自然災害による飢餓、それによる
共食いなど。

これらの繰り返しがシナ4000年の歴史も事実なのだ、ということ。

この残虐な歴史の事実からみると、まさしく南京大虐殺などというのは
シナジンの発想の産物で、日本を悪者に仕立て上げるための
シナジンのでっち上げであるのは間違いない。
ニッポンジンからは屠城などという、恐ろしい発想がうまれてくる
わけはない。

Re: 中国における虐殺の歴史

投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2007/11/13 01:10 投稿番号: [25 / 124]
あげ

Re: 中国における..

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/11/04 18:30 投稿番号: [23 / 124]
あげ

追加:長沙焚城(死者20万人)

投稿者: marionohaka 投稿日時: 2007/10/26 19:47 投稿番号: [20 / 124]
●「長沙焚城」
昭和十三年一月、長沙に居る支那兵は長沙警備司令部より、日本軍からの攻略を受けた場合、城内を焼き払えという命を受けていましたが、長沙城南門外の傷兵病院での出火をその合図と勘違いし、城内に放火し市民からの略奪が横行。古い名城は無残に焼け落ち、死者は二十万にも及びました。

Re:中国における虐殺の歴史

投稿者: eiyfyi 投稿日時: 2007/10/25 19:41 投稿番号: [19 / 124]
いちいち殺すのも面倒で時間もかかるから、
大きな穴掘って大量に生き埋めにしたんだって。
いたるところで人骨がゴロゴロ出てきて
子供たちがそれで遊んでいるってコトだ。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)